| 流夏's profileCurrent Summer ~PTSDを越える...PhotosBlogLists | Help |
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June 24 何も無い時間土曜日から喉が痛かった。久しぶりの風邪だ。
起きているのが辛くて、ずっと寝込んでいた。
今日になって、少しラクになってきた。
横になっているのも退屈。でも、
掃除やら、かたつけやら、やらなきゃいけないことは沢山あるのだけど、
それらをやるほどの気力は無い。
はて、「時間」ってこんなに、持て余すものだったっけ?
過去3年くらいは、過去の時代を“時間旅行”して過ごしていたから、
暇な時間がほとんどなかった。
“現在”と“過去”を両方生きるんだから、そりゃぁ忙しかったはずだわ。
育児も、少しだけラクになった。勿論まだまだ手はかかるけど、
泣くことしかできない「新生児期」
随時傍にいなければいけない「未就園期」
少し手が離れたけど、矢張り目が離せない「幼稚園期」が過ぎて、
ある程度は自分で自分のことをやる2年生になったから、矢張りあの新生児期の慌しさはない。
ママ友の中には、仕事を始めた人もいる。
私が20代だった頃は、「自分探し」みたいなのが流行っていた気がする。
会社に勤めている女性の多くが、自分らしさを探して、転職したり資格を取ったりしていた。
私も、英検やらパソコンやら、色々資格に挑戦してみようとしたけど、今ひとつしっくりいかなかった。
でも、矢張りどこかで、社会のお役に立ちたい。少しでいいから自分でも稼ぎたい気持ちは今もある。
育児を経験している今は、もっと落ち着いたら、育児経験を生かした仕事をするのもいいなと
思うようになった。
掃除にかたつけ・・・・・・
できるようになればできるんだから、こんな微妙な調子の時は、何もしなくていい。
時間をめいっぱい、持て余していればいいんだ。 June 20 歌で覚えて、楽しく学ぶ最近、深刻な?話が続いたので、ちょっと違うお話を。
中学3年の時、社会科の公民で初めて、政治経済について学びました。
日本国憲法にも触れる訳なのですが、“日本国憲法前文”という、憲法の趣旨や基本原則を記した文があって、
社会科の先生に、その前文を覚えて暗唱しなさいといわれましてね。何でも成績になるとかで・・・・・・
で、面白いテープも聴かせてくれました。
なんと、この日本国憲法前文を歌にしたものでした!!
最近また聴きたくなって・・・・・・で、YOU TUBEで見つけました。
wikipediaによると、シンガーソングライターのきたがわてつさんが作詞作曲し、歌っています。
1983年にこの曲は発表されて、私の中学校もそうだったように、多くの学校で教材として使われているとのこと。
おカタい話はまぁ置いておいて、私はこの前文に曲をつけたことが、すごいなぁって思うんです。
歌の歌詞って、後で曲をつけることを前提に作っているので、メロディをつけやすいと思うんですね。
でも、この前文はそういう前提では作られていない文章。
なのに、何箇所も似たようなフレーズを使って、見事にポップ調の曲に仕上がっていることに、当時も感動しました。
何だかとっても明るくて、聴いていると晴れ晴れしてくるメロディ・・・・・・
ムツカシイものでも、メロディをつけて、楽しく覚えることが出来るんだ、ってことを実感しました。
ええ、先生からテープを借りて、沢山聴いて、歌えるようになりました。
気づくと、どうでもいい時に口ずさんだりもしていてね(笑)。
前文のうちの最初半分くらいは曲ではなくて普通に読んでいるだけなので、
そこだけ一所懸命覚えて、後は歌で覚えました。
先生の前で暗唱した時は、思わず歌いそうになっちゃったくらい(苦笑)。
メロディの中で前文を聴いて、大変理想的なものだという印象を当時、受けました。
ムツカシイものを楽しく聴いて、勉強できたことは大変、有意義だったと今になって思います。
20年以上ぶりに聴いてみて、多少まだ歌えるところもありました(笑)。
夫にも聴いてもらったのですが、大変気に入ってくれました。 その後、何かムツカシイことを覚える時には、この曲に倣って(?)、
好きな曲を使って替え歌にしちゃったこともあります。
覚えるのは大変だったけれど、プラスなことだったと思っています^^。 June 10 聖子ちゃんカットあれから、カナタは仲間はずれを経験した仲間と、ムリに合わせることはせず、
より自分と気の合う友達を探して、遊ぶようになったようだ。
この2週間は、随分と自分と向き合う機会になったし、心の中も多少は整理されたように思える。
子供を見守っているようで、実は自分の生きてきた軌跡をおさらいしているみたいだ。
私自身が、嫌われることを極端に恐れる理由もよく解った。
そりゃ、解っても勿論、怖いけれど・・・・・・
でも、対人関係を怖がるのだけが私の人生ではなかった、なんてことも改めて解った。
どんなことがあったかな~と、ちょっと昔のことをあれこれ、思い出してみた。
すると・・・・・・
中学生当時、流行った“聖子ちゃんヘア”がなかなかできなくて、すごくイライラしたことを思い出した(笑)。
髪質がストレートだったので、どんなにブローをしても、すぐにストンと髪が降りてしまうのだ。
ストレートはストレートで、クセ毛の人から見ると憧れだったみたいだけど、
流行に乗れない自分がすごく嫌だった。
仕方なく、両サイドの髪をゴムで結わえていたものだった。
ま、それはそれで、私にとってはまぁまぁ似合うスタイルだったように今は思うのだが。
当時、私が好きだった男の子と、気軽に話している女の子がいた。その女の子がすごく、聖子ちゃん
ヘアが決まっている子だったのが、あのヘアスタイルにこだわった原因だと、今になって思う(笑)。
あの子にはすっごい嫉妬したなぁ~!
だから、「私だって負けないわよ!」みたいに思ったのかも。
勿論、聖子ちゃんヘアの決まり具合が、その男の子を巡っての勝敗結果になる訳はないんだけど。
訳もないことで対抗するってのが、中学生らしくて今となっては面白い思い出。
そんな、“聖子ちゃんヘア”に苦戦し続けるうちに、今度は“ワンレン”なる、まっすぐ下に伸ばす
髪型(当時、後藤久美子なんかがこのヘアスタイルだった)が流行り始めたので、
私の「聖子ちゃんヘア」との戦いは自然に終わった。
現在はと言うと、二十歳の頃にパーマをかけたからか、今になってクセ毛になっている。
あの頃にクセ毛だったら、聖子ちゃんヘアがもっとまとまったのになぁ~~
あの女の子に対抗できたのになぁ~~
なんて、思わず思う私(笑)。
だから、そこで聖子ちゃんヘアがまとまっても、その彼を巡っての勝敗には関係しないんだってば。
10代の頃は、人生に「過去」が無くて、見えるのは「現在」のみだった。
改めて、何て色々なことを経験してきた人生だったんだろう(あ、これから先も長いんだけど)。
「過去」が積み重なって、いろんな経験をいっぱい持っている大人という状態の自分も、悪くないなぁ・・・・・・と、
こんな聖子ちゃんカット悪戦苦闘時代を思い出してみて、思った。 June 06 仲間はずれカナタが最近、経験してきて、私が心を揺さぶられてしまった出来事とは、書いてしまうと
本当に簡潔になってしまうのだが、「仲間はずれ」だった。
1年生の間は、そんなに「再刺激」を受けるようなことをカナタが言ってこなかったから、ちょっとタカを
括ってしまっていた。
2年生になって、子供達の情緒も発達し、同時に不安定な要素も出てきているという証拠なのだろう。
どうしても、相手をわざと傷つけるような言動を、お互いに取ってしまうようだ。
「遊んでくれない」「仲間に入れてくれない」
たった7歳の子供が発した、こんな“些細な”一言が、大打撃になってしまうんだから!
「大丈夫よ」「他にも遊べるお友達がいるのだから、心配ないよ」「気になるんだったら、どうして
そんなこと言うのか、お友達に聞いてごらん」
等々、親らしい(?)指導をして、カナタを寝かしつけた後、意図せずして涙がどわ~~~っと流れてくる。
「あたしには友達がひとりもいない!」「あたしは仲間はずれにされた!」
と、「過去の流夏」が大騒ぎしているんだろう。
もちろん、カナタが経験したことは「よくある現象」で、私が経験したものとは似て非なるものである・・・
ということは、アタマでは解っているんだけどなぁ。
「心」っていう“臓器”があるわけでもないし、目で見えるものでもないから、解らなかったけど・・・・・・
人によって、感じ方って違うものだけれど、
私は、他人から否定されるような集中攻撃をされたことで、一生分傷ついてしまったようだ。
だから、友達が出来ても「友達がいるから嬉しい」じゃなくてむしろ「この友達が私を裏切ったら、私は
また孤立してしまう」という恐怖感を感じてしまうのだろうな。
ムリに「私は平気!」だとか「子供と自分の過去を重ね合わせるな」と、自分に言いきかせるのは
ちょっとやめてみよう。
たった7歳の子供が発する一言で、2,3日気が滅入ってしまう、そんな現実から目を背けないで、
折角だからとことんこの「滅入った状況」を味わってみることにする。
その方が、確実にクリアできそうだから・・・・・・ June 04 幸福は”瞬間”不幸は“期間”カナタの学校生活が始まって2年目。学校という場所が再び身近なものになったからだと思う。
私の脳裏に時々、休み時間を持て余して、廊下をひとりで淋しそうに歩く少女の映像が過ぎるようになった。
それは、小学6年時の私なんだけど・・・
育児って、自分の人生の“おさらい”みたいなところがあるんだな。
クラス内での完全な孤立は、私自身が最も恐れた事態だった。
所属していたグループの子がひとり、またひとり無視し出す様になって、
最後の1人に声を掛けて無視された時に、「完全孤立」が成立したと思っていた。
でも、これは「完全孤立」が成立する一歩手前の出来事だった。
誰も相手にしてくれなくなったけど、せめて元いたグループの子たちの傍にいたかった。
だから、最後まで話をしてくれたMという子の傍にいるようにしていた。
ある日、グループで輪になっているMの10cmくらい後ろに居たことがある。
Mは振り返って、私に気づいた時、仲間に向かってこう言った。
「やだ~!どうしてこの人、私の傍にいるの?」
かなり、あからさまな一言。
これが、完全に誰とも一緒にいられなくなった瞬間だった。
別に、こんなことばかりが人生、ずっと続いた訳じゃない。
以後の学生生活には常に、友達がいた。
でも、今私が思い出すメインの記憶は、こんな瞬間や孤立している自分・・・・・・
だから中学以降、私は「仲良しがひとり、いる」という状況が不安でならなかった。
そのひとりが自分から離れたら、一発で孤立だから。
そして現在は、カナタが同じような目に遭っていないか、とても不安になってしまう。
最近、夫が興味深いことを言ってくれた。
それが、「幸福は“瞬間”、不幸は“期間”」。
幸福を感じるのはその瞬間だけ。その時が過ぎると「幸福だった」過去になる。
一方、不幸は不幸な出来事が起きた“瞬間”がひとまず過去になっても、そのことが解決しない間は
現在進行形で傷ついてしまうものだ。
よって、不幸な時間の方が、記憶に強烈に鮮明に残る。
私は当時、学校から帰って、その現場から離れても、孤立といじめは現在進行形で行われている感覚だった。
その分を取り戻すために、中学以降、沢山の幸福な時間を作る努力をしてきた。
幸福な時間作りを努力し続けて25年(笑)。一度も満たされたことは無い。
幸福な“瞬間”はあっても、その幸福にはいつも、“賞味期限”があるように思えてきた。
それが、「幸福は“瞬間”」ってことなんだろう。
育児を通しての自分の過去の“おさらい”・・・・・・
まぁ、とことんつきあうとしよう。 |
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