| 流夏's profileCurrent Summer ~PTSDを越える...PhotosBlogLists | Help |
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April 10 春らんまん 入学さてさて、やっとPCの前に座る気持ちのゆとりができました・・・・・・
3日前の4月7日(月)、カナタの入学式がありました。
その日は雨の予報でしたが、幸い、式が終わる午前中いっぱいまでは曇りで、
天気がもってくれました。
入園式、卒園式共に仕事のため出席できなかったパパも、この日はカナタと一緒に登校。
今って、先生方やPTAが体育館の壇上に上がらないんですね。
体育館にマイクも机もいすも用意されていて、そこで全てが執り行われて、壇上は全く
使われませんでした。
クラス別に座るように指示がされており、カナタは早速、同じクラスになったサッカークラブ
の子と席へ。しばらくすると、全く別の子たちとも仲良くなり、今放送されている戦隊モノ・
「炎神戦隊ゴーオンジャ-」の話で盛り上がっている様子でした・・・・・・
ここでも、卒園式と同様、きちんと座っているわが子。おおおおお~っ!と、またまた感動。
2年生による歓迎の合唱や合奏から入学式は始まり、校長先生のお話、担任紹介、PTA
会長のお話などが続きました。
ここで、気づいたこと・・・・・・
100人前後の児童とその両親が集まっている体育館に居て、私は少しも「自分自身のいじめ」
を思い起こされることは、ありませんでした。
そんな事実はあるけど、あれは昔のことで、今は全く違う。
カナタが学校に入学するまでの6年間で、色々と浄化できて、よかったと思いました。
ひとまず、完全「保護者」になれたみたいです。
同じ幼稚園だったお友達、サッカークラブでこれから同じ学校の児童になったお友達、
近所で前から知っていたお友達、近所で、改めて知り合ったお友達・・・・・・
私自身も、色々な人たちに挨拶をして、また、新しく知り合うことができました。
今日で「学校」生活3日目。
お向かいの2年生のK君が一緒に連れて行ってくれるので、頼もしい限りです。
私自身も、20日間の「春休み」を経て、自分自身のリズムがまた、確立されていることに
気づきました。
女優の松居 一代さんは、私の憧れの女性のひとり。
芸能界一の「お掃除好き」としても有名で、彼女が言う「運をよくするためにはお掃除」
という言葉を、私はほぼ、座右の銘みたいに思ってます。
「居間とトイレと玄関掃除」は毎日の日課にすべき、という感じでしたが、私はそれが中々
できずにいました。
それが、この20日間の「春休み」を経て、難なくできつつあることに気づきました。
「掃除をすると、悩みが減る」のだそうです。
確かに、コレは言えてるみたい。
何かに悩みそうになっても、掃除がしてあると、何故か
「大丈夫。今日はも掃除したし」
と、思って気持ちがラクになるんです。
そんな生活も3日目。少しずつ、まだまだ良くなる自分を、実感しています。
March 19 卒園式卒園式でした。
お天気も、何とかもってくれてよかったです(^^)。
中々実感がわかなくて、何だか明日以降も、お弁当を持ってバスに乗って幼稚園に行くみたい。
カナタが入園した頃は、私の調子は最悪でした。
あの時買ったスーツは紺。今日もその紺のスーツを着たけれど、本当は白いスーツがよかった。
当時は「紺」な気分だったのでしょう。
女性は、その時その時の気分で、着たいと思う服の色もガラッと変わるそうです・・・・・・
「カナタを幼稚園に『放り込んで』、私は寝込んでいる」
3年前、年少の1学期頃はそんな感じでした。
自分のことばかりで、カナタのことをあまり、気にかけることができなかった・・・・・・
「親」っていう自覚もあったかどうか、アヤシイ。
2学期になって、「カナタの帰りを待つ」自分が居ることに気づきました。
やっと、親らしくなってきたように思います。
この頃はまだ、幼稚園の行事で、人と会うのが怖くて仕方ありませんでした。
「嫌われるのが怖い!」って。
「あなたのことを、気にかけられない時期があって、ごめんね」
そう思いながら、前に座る園児たちに混ざっている、カナタの後姿を見つめていました。
入園前は落ち着きが無く、10分とじっとしていられなかったのに、今日は式の間ずっと
じっと座っていた・・・・・・
おお、よく静止しているよ!
この事に関しては、「涙」ではなく、「おおおお~」と歓声を挙げるような気持ちでした。
子供たちが歌う歌に感激して、涙・涙・・・・・・
でも、何か私は「人前では泣きたくない」と思ってしまいました。
2歳で保育園に入れたときからの、さまざまなことが蘇ってきて、ただ、「幼稚園を卒園する」
以上の色々な気持ちが出てきているから・・・・・・
誰も、私の心の中なんか読めないはずなのに、そんな「色々な気持ち」を人に見られたくなくて、
ぐっと我慢してしまいました。
不思議なもんです。
お母さんたち手作りの謝恩会を開き、楽しい歓談のひととき。
終わってからも、皆、名残惜しくて、園庭で子供たちを遊ばせながら、しばし雑談。
結局、うちは3人のお友達と、最後の最後まで園庭で遊びました。
3人のうち2人は小学校が違う。お互いに離れがたくて、いつもは子供に「帰るよ」と催促している
お母さんたちだけど、今日ばかりはお母さんたちの方が色々話していました。
カナタが入園した頃、私は対人恐怖症で、「嫌われる」ことにおびえていました。
この3年間で、最も変わったのは、この「嫌われるかもしれない症候群」が9割方、消えたこと。
勿論、今も少しは残っているけれど・・・・・・ 全ては、カナタの幼稚園の行事を通して、その消滅の経緯を感じることができました。
この子が生まれてきたことに、本当に感謝しました。
数人のお母さんたちとは、年賀状などで卒園後も縁が続きそうです。
お別れは寂しいけれど、カナタのおかげで得た縁や経験を、大切にしていきたいと思います。
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家に帰って数時間たってから突然、この3年間や、カナタが生まれてからの6年間を思い出して、
涙がとめどなく、溢れてきました。
カナタのお陰で、この感動を感じることができたことへの感謝や、色々大変だったけれど、ここまで
来れてよかった。と、改めて・・・・・・
何はともあれ、良い卒園式でした(^^。 June 17 保育参観先日、保育参観がありました。
子供達はお遊戯などを披露。その後、おかあさんと一緒にお弁当を食べて帰るという形のもの。
いつも、参観の時、私の脳内は、「子供のこと40%、周囲の人が気になること60%」でしたが、
今回は子供のこと90%の割合を占めた形で、参観日を過ごすことができました。
お弁当の時間は、誰と一緒に・・・というのが気になるもの。
でも、今回は流れに任せて、カナタが「○○君と一緒がいい~」なんて言うから、
その○○君とご一緒しました。
更に、「カナタく~ん、一緒に食べよう」という可愛い誘いをくれたお友達もいて、
そのお友達とも合流しました。
「私は素で嫌われる」という呪縛が取れると、こういった「場の流れ」を自然に受け入れて、
本当に自然で無理の無い出来事が繰り広げられるものです。
そして、色々な出来事が「私の行いの悪さで起きた」という、強迫観念にも似た思い込みが、
出てこなくなります。
そして、この日・・・・・・参観の帰り、
「南の島の海岸の、白い砂がさらさらーっと、砂時計の砂のように、やさしく流れ落ちていく」
そんなイメージを感じました。
何も心配はいらなくて、不安もなくて、自分の心の赴くままに「神ながら」に生きればよい。
そんな思いを、実感したようでもありました。
私の体調のリズム次第では、まだまだ周囲の人間が怖くなっちゃう時もあるかもしれない。
でも、この時感じた優しい「砂」のイメージを、忘れたくないものです。
そして、今日はカナタと一緒に実家に行ってきました。
いじめとか、色々な辛い出来事が起きたのはこの実家に住んでいた時だったからかも。
色々嫌なことを思い出したくなくて、長いこと、実家には余り近寄っていませんでした。
最近、やっとそんな「実家」や「実家近辺」が「自分の歴史」そのもののように思えてきて、
とても好きになってきています。
March 17 年中さん修了。カナタの年中さんの1年間が、昨日で終わりました。
4月からは、年長さんです。
自分で出来ることも本当に増えてきたし、自分が「お兄ちゃん」であるという自覚も出てきて、
あっと言う間の1年間でした。そして、年少さんの時のことを思うと、この2年間も、あっという間。
去年の今頃の日記には、
「面倒見切れん!さっさと幼稚園に行ってくれ!みたいな思いで、送り出すのがやっとだった」
「カナタの幼稚園年少の1年が、丸々、私のPTSD治療の1年になってしまった。」
と、書いてあります。そして、「でも、必要な1年だった」とも・・・・・・
あの時、カナタの幼稚園年少の1年を私は「無駄に過ごしてしまった」みたいな気持ちで書いていました。
でも今は、その1年が「たまたま」、私のPTSD治療の1年となっただけで、無駄でも何でもないことに、
気づいています。
私自身も、年少当時は「面倒」と思っていたお弁当を、今は楽しく作っています。
たかがお弁当、と侮ってはいけなかった。この、お弁当を毎日作るという積み重ねが、実は心の病の
回復に、大きく役立っていました。
思えば、カナタの幼稚園のリズムに、私は鍛えられていた気がします。
本当に、子供を育てるのではなくて、子供に育てられている、そんなことを実感しました。
今日から春休みです。今までは、春休みや夏休みになると、週に1度は保育園の一時保育にカナタを
預けないと体がしんどかったのですが、もう大丈夫みたい。
今しかない子供との日々を、思う存分楽しみます。
September 12 「再刺激」「再刺激」とは・・・・・・今はもう解決済みのことでも、自分の中でトラウマになっている傷が、ある日何かのきっかけで、刺激されて思い出されて、辛くなってしまうこと。
なかなか、幼稚園での出来事を話してくれないカナタ。
私の中で、過去の自分とだぶってしまう。
私も、学校での出来事を親にはなかなか、話さなかった。
そんなわけで、私の「いじめ」の事実を母が知ったのは、そのクラスになってから1年以上過ぎたとき。
「どうして、お母さんに話さなかったの?」と言われたことがある。
それから、「いじめの事実よりも、母である自分に話してくれなかったことが辛かった」と、母が誰かに言っているのを聴いた事がある。
ま、そのことに対してはちょっと物申す。
子供にもプライドがあって、自分がいじめにあっているなんてことを、親に話すのはなかなか勇気のいること。
あの時、もっと早く話していたら・・・・・・
きっと、母がもう少し早く気づいて、もう少し早く、学校の担任に相談に行ったと思う。
ただ、「担任は非協力的」「いじめは解決しない」という結果に、大差は無かったのではないかな。
今朝、カナタは「お友達が仲間に入れてくれないから、ぼくは一人で遊んでいる」とつぶやいた。
「そう、それはちょっと淋しいね」
そう答えた。以前だったら、「どういうこと?」「仲間入れてって言ったら?」「誰が仲間はずれにするの?」と、子供に向かって尋問しただろうなぁ・・・・・・
それから、気持ちがざわめいてきた。
「再刺激」だ。
少しすると、夫が部屋に入ってきた。こらえきれず、カナタが居る前で「この子、お友達が仲間に入れてくれないから一人で遊んでいるんだって。本当はそんなことなくて、そんな『一瞬』があっただけだと思うんだけど」と、言ってしまった。
急いで、幼稚園の担任の先生に、カナタの日ごろの様子を聞くお手紙を書いた。
きっと、普段は仲良く遊んでいる。その中に一瞬、小さな人間関係トラブルがあって、たまたま「仲間はずれにされちゃう」ひとこまはあった。そんな返事が来るはずだ。
が、やっぱり「再刺激」の威力は強い。そうは思っても、段々、心が不安になって、涙が溢れ出す。
「お友達が仲間に入れてくれないから、一人で遊んでいる」。
「私もそうだった。私も、友達が仲間に入れてくれないから、ひとりで居た。あの時の私と同じ。今、カナタはいじめにあっている?いえ、幼稚園にはいじめの概念はまだ無いから大丈夫じゃない?きっと、お友達と関わってる中でたまたま、『仲間はずれにされる』『そんな一瞬があった』だけで、普段は仲良く遊んでいるはず。今は、いじめの概念は無いけれど、小学校に入るとその概念は現れる。その時、私は対処できるかどうか・・・・・・もしも、担任が非協力的だったら最悪だな。いえ、私自身は何もすることはできない。カナタが頑張って、その修羅場をすり抜けていくしかない。私は、そんなカナタが家でリラックスできるようにおおらかな気持ちで迎えてあげれば・・・・・・・・・」
あの、既に私の中では、再来年度入学予定学区の小学校の校舎が浮かんで、想像の中の「非協力的な担任」の姿が現れて、いじめにあっているカナタが渦巻いているんですけど・・・・・・
いつもお世話になっている保健所の保健師さんに電話をした。なかなか、タイミング合わず話せない時もあるのだが、今日は大丈夫だった。
保健師さんはこう仰った。
「それは、再刺激そのものですね。辛かったですね。もしも、息子さんに自分と同じことが起きたら・・・という不安、とてもよく解ります。でも、息子さんとあなたは、違うんですよ。息子さんには、あなたという母親がいるから大丈夫です。お子さんがなかなか、幼稚園でのことを話してくれないとのことですが、子供というのは、自分がリラックスしたら、いずれ話すようになります。親が心配していると、安心して話せなくなってしまいます。
それから、子供は話を聞いてもらえば自分で処理できる力を持ってます。親の方が『お母さんが何とかしてあげるから』と、出てしまうと、逆に子供は不安になってしまいます。失敗や、不安を親に伝えられなくなってしまいます。勿論、担任の先生に事実を確認することも大事ですが、あなたは、子供の話をリラックスして聞ける姿勢を持つことです。旦那様には、これからは子供さんが居ないところで話しましょう。子供さんが不安になってしまうから、そこだけは、ぐっとこらえましょう。
ケンカしたり、仲間はずれにされたり、そういうことは、あって当然なんです。その中で、子供は人間関係を学んでいくのですから。親であれば、必ず経験する悩みですよ。」
今までよりも、自分自身の不安を長引かせず、すぐに保健所に連絡できたのは良かったと思う。
それから、今もちょっと気持ちを落ち着かせるため、こんな風にネットサーフィンをやって、ムリに動かないよう気をつけている。
これから、こんな再刺激を、どれだけ受けるだろう。親であれば必ず経験する悩みであっても、私にはちょっとキツい刺激にもなる。ただ、カナタが小学校に入ったとき、もっともっと、余裕持って受け止めて挙げられるようになっていたいと思う。
悩むのをやめることは難しいだろう。でも、悩みを長引かせない方法を見つけておくことは出来る。この保健師さんも異動などがあればこの保健所からいなくなってしまうこともあるだろうけど、同じように悩みを相談できる方を、見つけておくことは必要だと思う。 July 27 人との関わり去年は、人との関わりが億劫だった。引き篭もっていたから。調子が良くなってきた今、私は人との関わりがないと淋しくて仕方が無い、そう思うようになった。
ここのところ、人との関わりが希薄だった。友達は、いる。でも、何か・・・・・・
「今、連絡したら迷惑かな」とか「私なんかと会うのなんか嫌かな?」
そんなことを考えてしまって・・・
い~やいや、誰がそんなこと思うんだっ!
そう思って、さっき、ママ友のクミさんに電話をした。
「明日、会えるかな。子供等遊ばせたいな」と。
クミさんは喜んでくれた。明日、他の仲間とも会うかもしれないので、よかったら一緒にどうかと言ってくれた。
クミさんは、「私ほどウジウジ悩んでいる人間は他にいないと思ってしまう。誰か友達と会っていないとすごく淋しい。友達と連絡取らなくても平気、と思える人は羨ましい」と言っていた。
私とあまりに思うことが同じなので、私も全く同感だと話した。
「だから、私は流夏さんの気持ちすごくよく解るよ。私でよければネガティブなこともいつでも言って」と言ってくれた。
人との関わりが恋しい。私はつい、そう思ってしまう。これが、PTSDなのか、元キャラなのかは解らないけれど、今の私はそう思ってしまう。
我慢しないで、人との関わりを求め続ければ良いと思う。必ず、求めていれば友達は見つかる、そう思う。 March 03 「お誕生会」今日は、幼稚園のお誕生会だった。
3月生まれのカナタにとっては、4月から11ヶ月間、別のお友達のお誕生会を祝うばかりで、待ちに待った自分のお誕生会だっただろう。
今年で、4歳になる。
お誕生月のお友達の母親も、幼稚園に行って、誕生会に出席する。
お誕生日を迎えたお友達が、お歌のプレゼントをもらい、母親から一言メッセージのプレゼントをもらい、先生方からの紙芝居のプレゼントをもらう。
落ち着きの無い我が子、どうなることやらと心配したが、去年に比べると随分落ち着いた。座るべき時は座るし、お遊戯をする時はするし。ただ、それが長時間もたない。椅子に座っていても、飽きるとすぐに席をはずしてしまう。
席にすわっとれ~~!とイライラしながら念じたが、まぁコレは仕方ない。
でも、1年前に比べたら、驚くほど言葉が増えたし、先生のお話もきちんと聞くようになった。
我が子だからこそ抱く不満や不安は、いっぱいあるけどまぁこれまた仕方ない!
と、自分に言い聞かせる。
カナタが生まれて、あっという間の4年間だった。
彼を身ごもった時から、ホルモンバランスの変化でか、PTSDが表面化し、改めて治療を始めた。
病気を抱えながらの育児は大変だったけれど、いえ、今も尚大変だけれど、それでも少しずつ私自身、カナタに教わっている。元気付けられている。育児って言うけれど、育てられているのは親の私の方じゃないかな。
友達から聞いた話で、産後、鬱になった人がいて、鬱になってしまったのは、子供のせいだと、子供を恨んでいる知人がいるという。
ぜひ、そう思わずに、子供に元気づけられながら、前向きに治療をして行って欲しいなと思った。私自身が、まさにそうだからだ。
今までの記事のどこかにも書いたけれど、私は過去の傷にしっかりとフタをして生きてきた。カナタを身ごもらなければ、私は自分の心の持病に気づかなかったかもしれない。
「心の持病に、気づかせてくれてありがとう。」
本当は、「母親からのメッセージプレゼント」では、こんなことが言いたかった。幼稚園でだったから、それは言わなかったけれど。
現在、私は今までできなかった「自分を認めること、褒めること」をトレーニング中で、何とかそれが出来始めている。方法は、ひたすらノートに自分が「できたこと」「できること」を書き綴るというものだ。モチロン、辛いことも書いていく。自然と、自分が乗り越えるプロセスが記録に残るから、後から読んで自分自身が元気付けられる。
カウンセリングと、病院の外来&投薬、そしてこういった自己行動療法の三本柱で、今、自分を治療中だ。「自分を認めること、褒めること」これができると、PTSDからもすっごく開放される気がする。自分を大切にして、心身共に回復するっていうのは、自分の人生と、家族と、自分を取り巻く人物やモノ、環境全てにプラスになる。
ただ、こういう風に心が変化している時って、とても気持ちが不安定になる。特に午前中はウルトラしんどい。午後2時を過ぎた頃から調子は良くなるので、「まぁどーせ、午後になれば調子上がるっしょ」と思いながら、毎日過ごしているが。
カウンセリングでも、「この、調子の悪い午前中をどのようにしたらいいでしょうか」と相談したら、「どうにもしなくても、時が来ればどうにかなりますよ」という、カタの張らない答えが返って来た。
カナタの4歳の誕生日を目前にして、こんなとりとめもないことを、考えた。
本当に、生まれてきてくれてありがとう。心からそう思う。
この4年間は大変だったけれど、出口はそんなに遠くないと思って、あと一息頑張る。ウルトラしんどいけど(^^;。 February 04 作品展今日は子供の幼稚園生活を覗ける、「作品展」の日だった。
節分にちなんだ鬼の絵。ひな祭りにちなんで紙皿を使って上手に作ったひな飾り。
3月生まれの子供。余りに元気なので、3歳になってすぐに、3年保育で幼稚園に入れた。
この頃の1年、そして1ヶ月は本当に大きく、「もっとお兄ちゃんお姉ちゃんなお友達に、ついていけるかしら。苦しんでいないかしら」と、親はついつい心配してしまう。
鬼の絵も、ひな飾りも、上手にできている。
いつも、家では甘えている息子も、幼稚園では社会性を発揮してしっかりやっているようだ。
できなかった、洋服のお着替えやボタンかけも、少しずつできるようになっていると担任から聞いた。
ほっと安心。(また、心配もしてしまうんだろうけど!)
その後、お友達の家に遊びに行った。
子供も親も、楽しいひと時を過ごした。
今まで、自分の悩んでいることなどは話したくなかった私が、友達に悩みを気軽に話せるようになっていた。
「自分を大事にすればいいんだよ。自分を大好きになればいいんだよ」
友達はそう言ってくれた。
自分の、情緒不安定気味なところが、実は好きになれない。
ただ、去年までは人間関係に臆病になり、人に会うことが怖かったけど、もう大丈夫みたい。
少しずつでいいから、自分を好きになっていけたらいいなと思う(^^)。
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