| 流夏's profileCurrent Summer ~PTSDを越える...PhotosBlogLists | Help |
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November 17 「救急車」3年前の正月過ぎ、私は貧血で倒れて、救急車で市民病院に運ばれました。
ここに引っ越してきてすぐで、病気もかなりひどかったし、色々気を遣っていたのでしょうね。
救急車には、夫が付き添ってくれました。
その時、まだ2歳だったカナタは、勿論、救急車大好き。
お父さんもお母さんも救急車に乗ったのに、自分だけ乗れずに、同居のおじいちゃんおばあちゃんと
お留守番となりました。
私は数時間で帰ってきましたが、カナタは、自分だけ救急車に乗れなかったことと、お母さんが突然、
倒れちゃったことが、5歳になった今も、悲しい思い出として残っているようです。
今日、育児サークルに行った帰り、2人で歩いていると、国道を救急車が音を立てて走っていきました。
突然、当時のことを思い出したようで、泣きそうな顔をして、
「お母さんが救急車に乗って行っちゃったことが、悲しかった」と、訴えてきました。
お母さんが倒れたことと、自分だけ救急車に乗れなかったことの2つが、悲しかったそうです。
もう、3年になるのに、鮮明に覚えているのでしょう。
強烈な出来事だったんだろうな。
悲しい思いをさせちゃったなぁと反省しつつ、そんな時は、謝り、そして抱きしめてあげます。
May 31 変えられない過去過去って変えられないもの。
あの時、ああしておけばよかった。もっとこうすればよかった・・・・・・
なんて、思うことも、しばしば。
今、私はそんな「過去」と対峙しちゃっています。
「人は、その時点で最良の選択をしている」
夫の恩師がこういった言葉を仰ったそうです。
ただ、後になってそれが合っていたかどうかは、別の問題だということだけど。
あの時、最良の選択をしていたとしても、私は本当はこうしたかった、という事もある。
精一杯やったんだから、いいじゃないの。
これ以上できないくらいの努力をしたんだから。
そう言い聞かせるんだけど、やっぱりホンネというのは存在していて、例えば
「やっぱりあの時こうしておけばよかった」「あの時、あの友達にこういう態度を取れていたら」
なんて思いが、巡ってしまいます。
そんな過去が、一体幾つあるのかな。
人って納得したり、後悔したりを一生繰り返すのかもしれない。
だけど、よく「過去を塗り替えるための夢」なんてのを見ることがあります。
先日、いじめっ子を撃退した夢なんかもそうなんでしょうね。
しばらく、そんな「過去」と思いっきり対峙しちゃおうかと思います。 March 19 卒業する時に聞いた曲また、卒業シーズンがやってきました。
去年は、同じテーマでも全く違う内容を書いていたっけ。
自分が卒業する時に流行っていた曲が、本当に心に残っています。
小学校は、菊池 桃子と斎藤 由貴の「卒業」。
中学は・・・・・・当時、再放送(っても、何度目のだ?)をしていた「金八先生」の主題歌で
海援隊の、「贈る言葉」。
高校の卒業は・・・・・・辛島 美登里の「夢の中で」&徳永 英明の「壊れかけのRadio」
それぞれが本当に思い出深い曲で、まるで音の「卒業アルバム」みたい。
聴くたび、卒業式当日の映像が、鮮明に頭に浮かぶんです。
卒業にまつわる音楽の思い出といえば、高校の卒業式の前の日。
放送部員だった私は、真っ暗な体育館の中で、次の日流す音楽の音量確認をしていました。
部員の仲間が曲を流して、体育館の入り口付近で音量を確認します。
真っ暗な体育館の中に響き渡る「壊れかけのRadio」のイントロは切なく美しく響いて、
音量チェックしてるのに、涙が流れてきてしまいました(苦笑)。
進路は決まらず浪人が決定していたので、前が何も見えない感じが、バラードの曲調に妙に
良い感じで響きました。
卒業シーズンを迎えるたびに、いつもそれぞれの卒業式の日のことを思い出した気がするけど、
この足掛け6年間、PTSDっていう心の病を経験したら、同じものでも見えるものが違ってきました。
本当に嫌な記憶は、忘れちゃってたんです。
嫌な記憶の幾つかは、自分を守るために、自分を傷つけないシナリオに捏造されていました。
(本当です)
それを、ここ数年でどっと思い出して・・・・・・・・・それは、嫌で嫌で仕方の無いものも多いけれど、
視点を変えてみると、そうでもなかったことも、結構にありました。沢山、思い出すうちに私の記憶
そのものが、すごく増えた気がします(笑)。
忘れていた記憶を取り込んでみて、改めてそれぞれの「卒業」の日を思うと、また感慨ひとしお。
今日は、そんな記憶に耽る1日になりそうです(*^^*)。 February 16 バレンタインデーの思い出さて、最近ずっとPTSDネタでしたので・・・・・・
健さんのブログにバレンタインのことが書かれていたので、私もちょっと、記事
にしてみることにしました。
一昨日がバレンタインデーでした。
夫に渡すのは毎年のことなのですが、ふと、昔のことを思い出してみました。
折角、PTSDで時間旅行をしていたのだもの(?!)。
確か、中学校は「食べ物は持ってきてはいけない」という決まりがあったので、
(っていうか、バレンタインのことを学校側がうっとおしく思っていたのかも)
原則、バレンタインイベントは禁止、でした。
でも、友達が「どうしても○○君にあげたい」と言っていたので、近くのスーパー
に買い物につきあい、当日、誰も居ない教室でお目当ての人のカバンにこっそり
忍ばせている姿を見届けて、「いいなぁ~」とか思ってました。
いいなぁ~って、あんた、別にあんたもやっていいんだよ。
って今なら思いますがね。
高校の時は、女友達と一緒にそれぞれ、義理チョコを男友達に渡して、お返しを
もらうのが楽しかったものです。
中には、母親が用意してくれたのか、キャンディとクッキーを別包装で用意して
いた子もいて、それはそれは、ありがたくいただいたものです。
・・・・・・って、これは義理チョコとそのお返しの話。
好きな人は居たのに、本命にだけは何のアクションも取らず、ずぅ~っと沈黙を
していました。今思うと、義理のノリでもいいから渡しておけばよかったなぁと
ちょっと後悔しています。
気持ちを言えない、言えない、とか思っているうちに年月は経ってしまい、結局随分
経ってから、変わらない気持ちを伝えたけれど(結果は×。)、本当は、好きだった
最初の頃に言っておけばよかった・・・・・・と、今はちょっとだけ後悔しています。
バレンタインの日を迎えるたび、「きっと迷惑だから」と、好きな人に何のアクションも
取れなかった頃の自分を思い出します。 |
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