流夏's profileCurrent Summer ~PTSDを越える...PhotosBlogLists Tools Help

Blog


    October 02

    October Blue

    毎年、10月って憂うつ。
     
    (だから、10月が近づくに連れて、憂うつネタが増えてきたのかな・・・(^^;;)
     
    自分の発言に自信が無くなって、対人関係が怖くなってしまって・・・・・・
     
    今までは、本気でこれが怖くて怖くて、怯えきっていたけれど、
     
    今年はちょっと違う。
     
    「対人関係を怖がる」自分を、冷静に見る自分がいる。
     
    今は、心底本気で100%、自分の発言に自信が無いと言い切っている訳じゃないんだけど、
     
    20年以上、この「思考回路」を持ってきたから、
     
    そう簡単には消えない、っていうことなんだよね。
     
    電話相談した保健師さんにも、
     
    「この考えが入ってきたら、『いけないいけない、私の悪いクセだわ』と、
     
    考え方を変更する心構えが必要」といわれた。
     
    でも、それもまた難しいんだよね。
     
    解っているけど、「嫌われるのが怖い」という気持ちが、強く出る傾向がある。
     
    そういう時って、真剣にそう思っちゃうもの。
     
    そんな「発作」を控えるため、メールのやりとり等、タイムラグの間に色々な
     
    憶測を呼んでしまう行動は、控えなきゃ。
     
    となると、カナタのために、友達との約束も、中々してあげられない。
     
    カナタ、ごめんね。
     
    でも、今日はカナタと2人で、近くのお店にたこ焼きを食べに行ったよ。
     
    今、元気に頑張れるのは、この子の御蔭、かもしれない。
     
     
    こんな時、改めて、ここ(Current Summer)は私の、「避難所」だなぁと感じる。
     
    誰にも言えない心を、吐き出すところ・・・・・・
     
    「October Blue」
     
    多分、ここ20年以上、ほぼ例外なく私に降りかかってきた「10月の落ち込み」。
     
    季節的なものが原因による症状だと、ずっと思っていた。
     
    でも、やっぱり、昔経験した辛い出来事が、原因みたい。
     
    「いじめ」が一番ひどかったの、10月だったっけ。
     
    原因がわかって、ちょっとすっきりしたよ・・・・・・
     
    なので、「Octobrt Blue」なんて言ってるけど、怖い気持ちは無い。
     
    しばらくは、安心して、ブルーな日々を過ごします。
    September 06

    どんな自分も受け入れる

    自分がとった行動に、昔は本当に自信がありませんでした。
    「だって、こんな私が取った行動だから」
    って、何度思ったことか・・・・・・
     
    その思いも、治療と共に少しずつ変わってきました。
    でも、まだたまに自信が無くなることもあります。
    それは、人間誰しも持っている部分かもしれないし、
    私が心を病んだことで、過剰に持ってしまった部分かもしれないし・・・・・・
     
    失敗しないように、慎重にしてきたところがあったけど、人生に失敗はつきもの。
    もっと「失敗した自分を受け入れる」自分になりたいな。
     
    先日、時々相談をしていた保健師さんとお会いすることができたのですが、
    「まだ、『自分に優しい考え方』をできない部分がある」と言われました。
    私、まだまだ過去の影響を多分に受けているんだ・・・・・・
    逆に言うと、もっと「自分本位の」考え方をしてもいいんだという・・・・・・
     
    今までも、「少しずつ」を重ねて、ここまで来たんだから、
    これからも「少しずつ」を重ねて行けばいいんだよね。
    May 17

    時間旅行

    長いこと、時間旅行をしていました。
    忘れていた、過去の辛かったことをあれこれ、鮮明な映像を伴って思い出すようになって・・・・・・
    この治療を始めてから、足掛け6年になるところだから、この6年間はずっと。
    それが・・・・・・多分、昨日辺り、一端、「2007年5月」に戻ってきた。
    そんな感覚を覚えました。
    この感覚は、勿論、初めてです。
     
    この「旅行」は、パッケージツアーと違って、「○月○日から×日までの△泊※日間」と明確に決まって
    いる訳ではないので、気づいたら、もう「現在」に戻っていた、とか、次の旅に出発していた、とか、そう
    いう形で自分の心の変化を認識することになるんだと思います。
     
    しばらくは「三歩歩いて二歩下がる」を続ける形で、まだまだ毎日「新しい感覚」を感じて、時にはちょっと
    しんどい気分になると思います。
    でも、ここまで来たんだからもう大丈夫。
    慌てなくても、のんびりゆったり、つらつらと、で全然平気。
     
    自己防衛のため、幾つかの辛い記憶は消していて、それが戻ってきた訳ですが。
    もう整理されている「辛かったけど今は大丈夫」なその記憶と共に歩む人生って言うのは・・・・・・
    どんなものなのか、まだ検討もつかない。これからの人生がどんなものになるのか、楽しみです。 
    May 16

    行事

    最近、相変わらず「毎日が新しい朝」を迎えているよ・・・・・・
    嬉しいことのはずなんだけど、毎日、日替わり弁当みたいに考えることも感じることも変わって、
    先が見えない・・・・・・
    自然に任せて、進むしかない。
     
    親子で行く遠足に行って来ました。
    近くの、大きな広い公園でひとしきり遊んで、お弁当を食べて帰るというものです。
     
    その公園までには、結構に歩く時間があったんですが、
    私はやっぱり、こういう大きな学校行事で、長時間の自由行動の中で、ひとりでいるのが苦手。
    孤立していた小学校6年時の、社会科見学や修学旅行で、ひとりぼっちだったことを思い出してしまう。
    もう、今はそれとは全く違うのに、ダブっちゃうんだなぁ。
    特に、移動時間。誰かと一緒に居ないと不安で、でも、自分が話したいと思っている人が
    別の人とちょっと込み入った話をしていたので、入るタイミングがつかめませんでした。
    こんな時間を経験しちゃうと、ちょっと昔の辛い時間を思い出して、衝撃的に心が揺れてしまうのです・・・・・・
    勿論、それは「たまたま」のタイミングで、お弁当時間は、お友達たちと楽しく過ごしました。
    でも、家に帰ってから、辛い過去とリンクした部分に関しては辛くて、涙が出てしまいました・・・・・・
     
    もう違うって解っているのに、昔の辛いことを思い出して、心が痛くなってしまうこともある。
    ま~、これはもうつきあっていくしかないなぁ。
    でも、そんな不安な時間を、長いことひきずらなくなった。
     
    「新しい朝」を多分、しばらくは迎え続けると思う。
    違和感感じまくりだけど、頑張るぞぉ。
    April 25

    行事

    カウンセリングから戻ってくると、エラく疲れていることに気づきます。
    きっと、ありったけを外に出しているんだろうなぁ・・・・・・
    ずっと溜まっていた膿が外に出て行く感もあります。
    出て行くときっていうのは、すごくしんどいものなんだけど、あともう一息。頑張ります。
     
    昔、学校生活の中で孤立していたことがトラウマになっているからか、私は
    「長時間、自由行動を伴う学校行事」が嫌いでした。
    遠足、修学旅行・・・・・・などがまさにそうでしたね。
     
    保護者になった今も、例えば、幼稚園で親子同伴で遠足に行く、など・・・・・・
    目的地では、自由行動が多いでしょう。お弁当の時間なんかは、「好きな人同士」が
    固まる時間でもあるわけで、「あぶれたら嫌」という恐怖感が出てきてしまう。
     
    でも、カナタが社交的な子で助かりました。
    誰かしらと必ず、元気に遊んでいるのだもの。
     
    孤立への恐怖感なんかは、もう感じなくて大丈夫だと、脳は解っています。
    まだ、心がついてきていないけど・・・・・
    そんな「春の遠足」が、早速、5月の上旬にあります。
     
    「きっと大丈夫」
     
    そう思って、今年こそは、楽しみにその日を迎えたいです(^^)。
    April 13

    心の赴くままに

    9日(月)からカナタの新学期が始まりました。
    やっぱり、新学期ってリズムがつかめるまで時間がかかる。
    カウンセリングに行こうとして、駅まで行ってお財布がないのに気づいて慌てて帰ったり、
    駅に着いてから、改札口を間違えそうになったり。
    いつもなら普通にできていることが、普通にできなくなっちゃう・・・・・・
    何だか、おかしなものですね。
     
    先週あたりまで存在した心の「壁」は、見事に乗り越えられました。
    御蔭で、体調も、心理状態も、以前より自信がついてきました。
    でも、これはまだ序章。
    不安にもなるけど、「ヨガ」をやることで、最大限、カラダには良いことをしているという自覚を持っています。
     
    ここのところずっと、「同年代の女性」に会うのがとてもキツくて、カナタのお友達と約束してあげることが
    できませんでした。
    カナタのお友達のママっていうのは大体、私の「同年代の女性」になるから。
    勿論、皆が駄目という訳じゃなくて、だからとって「駄目」と思ってしまう相手が悪い訳じゃない。
    それは、解っています。
    100%トラウマです。
     
    心の整理はいまだ途中で、心の方に集中している分、現実世界である「外」に気が回らなくなっちゃう、と
    いうのがカウンセラーの見解です。
     
    ただ、誰が大丈夫で誰が大丈夫じゃないかってのを見極めるのもこれまた大変なので、私の周りの皆が
    誰も悪くないと解りつつ、今はこうして「おとなしく」していようと思います。
     
    もう、自分のパターンも解ってきたから、気にはなるけれど、心配はしていない。
    会えるお友達とだけ、会っていよう。
    それ以外のときは、なるべく、休んでいよう。
    今は、ただ、心の赴くままに。
    March 23

    久々の落ち込み。

    本当に不思議でした。知っている人が大勢いる場所に集まらなきゃいけなかったその日。
    突然、人に会うのが怖くなってしまったんです。
    「私、大勢の人から嫌われる!」って言いながら、泣き崩れてしまいました。
    こんなの、久しぶりだったよ。
     
    その場には行ったけど、一部の人との関わりをすごく怖がっている私がいる。
    何かで、過去のトラウマが表に出てきてしまったのでしょう。
    その、「怖かった一部の人」ってのは、もうとっくに自分の中で「上手く行っている」と解釈
    できていた人達だったから、本当に驚いた。
     
    やっぱり、過去の私が今、傍に居るんだね。
    過去のあの時、「自分が受け入れて欲しいと思っていた相手に拒絶された」ってことが、
    本当に本当に、辛くて切なかったんだね。
    当然だと思うよ。
     
    カウンセリングで話してみると、今の私は、そんな状態の自分を「いたわる」ことができる
    ようになっているとのこと。
    そして、今の落ち込みも「良くなる過程の一部」であるということ。
     
    それは自分でも解っているので、今回は私も心配はしていません。
    ただ、寝込まなきゃいけないので、春休みで家にいるカナタを、外に連れ出せないのが申し訳ない。
    元気になったら、公園にお弁当持って行こうね。
     
     
    そうそう・・・今回、久々に思い出した”過去の知人”へ・・・・・・
    「ありがとう。あの時は辛かったけど、本当は感謝しているよ。
    でもまだ、気持ちが納得しきれず、許しきれていないみたい。
    あの時のことが、私の中で普通の記憶になれる日を、私も心待ちにしています。」
     
     
    さて、余計なことはしないで、早く寝るとします!
    January 30

    この5年半

    この5年半、私はずっとPTSDの治療をしてきました。
    結婚して1年弱で発症。あの頃の私は、時代のブームに乗ってか「ワーキングウーマン」
    なるものに憧れ、「バリバリのキャリアウーマン」になりたがっていたようでした。
    巷の雑誌なんかにも、「仕事を持つ、自立した女性」像がかっこよく掲載されていました。
    それまで、自分の辛い過去なんかから目を叛けて、ただ漠然と「人から認められる」こと
    をしよう、と意識してきました。
    結婚してからも、仕事をしていた時期もあるし、英語の勉強をしていた時期もあります。
    でも、何となく自分の目指すところが解らない・・・・・・
    そんな時、妊娠をきっかけに発病したわけですが・・・・・・
    「人から認められる」ために何かをしていたわけではなく、
    「自分で自分を認められない」ことに焦りを感じてただがむしゃらにあがいていたのでした。
    世間のブームのワーキングウーマン(今、本当にそんなブームかどうかは解らないのですが、
    当時の私はそうだと思い込んでいた)になれるかどうかは解らないけれど、ひとまず
    自分の心を治療しようよ・・・・・・そんな風に、この5年半かけてやっと、思えるようになりました。
     
    「心の傷、だなんて、そんな目に見えないもの。ただの自分への甘えよ」
     
    当時、本気でそう思っていました。
     
    「心が傷ついた、だなんて、自分を悲劇のヒロインにして酔っているだけ」
     
    とも。
    いえいえ、でも実際にはあなどれませんでした、心の傷とやらは!!!
    ドラえもんのタイムマシーンでその当時に降り立ったんじゃないかと思えるくらいの鮮明な
    フラッシュバックのことを、私は生涯忘れないと思う!!
     
    今も、カナタを外で遊ばせている時に、近くの保育園の園児達が散歩に行姿を見ると
    「子供を預けて、働いている人っていいな」とふと思います。
    5年半前、「ワーキングウーマン」にあこがれた頃の私の心かもしれない。
    働いているママさんたちだって、かっこよさで仕事してるのではなくて、色々と事情があって
    働いているのかもしれない。
    あの頃は、他人からの評価ばかり気にしていたな。
    だからといって、無理やり働いたって、その他人とやらが「評価してくれる」とは「限らない」
    のにね。
     
    「他人からの評価を気にするのではなく、自分が一番幸せだと思う道を選ぼう。」
    人の目を気にしてばかりいた5年半前には考えられなかったこの気持ち。
    あいだみつをさんの「幸せはいつも自分の心が決める」につながるものかもしれません。
     
    あの頃、一所懸命やっていた英語の勉強も、いつか落ち着いたら再開するかもしれません!
     
    December 24

    Merry Christmas

    Merry Christmas!!
     
    「フラッシュバックが止まらん」という記事を書いたきり、10日が過ぎてしまいました。
     
    年末に向けて、掃除やら障子貼りなどをやっており、時間が作れなかったのもあります。
     
     
     
    今年、一番自分の中で収穫だったな、って思ったのは、
     
    「神ながら」
     
    という概念を悟ったことでした。
     
    「神ながら」(=神様の導きに従って、力を抜いて流れのままに生きること)。
     
    私には、今まで一番、取り入れられない考え方でした。
     
    でも、どうしたのかなぁ。余裕でもできたのかなぁ。
     
    それまでも、以前に比べたらよくなってきたけれど、焦ったり無理したりして、良くなった
     
    試しは無い。どんな時も、自然に身を任せたら快方に向かいました。
     
    そんな「実績」が、この考え方を自分のものにするのを手伝った気がします。
     
    私の場合、属している集団の圧倒的多数と同じものを持っていないと不安に陥るという
     
    癖があるのですが、そんなのも、「自分は、世界でひとりだけの自分」という考えを持つ
     
    ことでだいぶ、この思いに襲われることはなくなりました。
     
     
    さて、今日は・・・・・・
     
    息子カナタと一緒に、公園に行きました。
     
    やったことは・・・・・・砂場遊びと、「戦いごっこ」。
     
    男の子はすごいですね。「戦い」を遊びに取り入れてしまうのだもの。
     
    母さんも最近は鍛えられて、一緒にキックやパンチをやって息子の相手をしています。
     
    それから、久々にランチをしました。
     
    ここのところ、外食もしていなかったから、新鮮でした。
     
    夕食は、チキンとローストビーフとサラダ。(全部、買って来たやつ・・・(瀧汗))
     
    クリスマスだからね。ちょっとご馳走です。
     
     
    来年も、益々良い年になりますように!(って、まだ大晦日じゃないわね)
     
    December 14

    フラッシュバックという奴

    最近・・・更新できない理由のひとつに、脳内でフラッシュバックが起きて いる、という事情があります。 
     
    「いじめ」そのものに関しては、随分落ち着いてきたのですが、その後の人生の中で、
     
    例え偶然であって、似て非なるものであったとしても”似たようなシチュエーション”に置かれたり、
     
    「また同じ目に遭ったらどうしよう」と恐怖感を感じた、主に中学時代が今、結構「きちゃって」います。

    この現象は本当に疲れるのよ~。

    脳内の血糖値がかなり使われるからか、かなり腹減るし。
     
    大袈裟に言うと、今まで生きてきた自分の人生をもう一度、検証する 「時間の旅」みたいです。

    時々、ドラマや映画で、登場人物が、何かのきっかけで忘れていた 昔のことを思い出すシーン
     
    ってあるでしょう。 最初、映像はぼやけていて、時にはその時に聞こえた声が再現される。

    私は最近、中山美穂主演・岩井俊二監督の映画「Love Letter」で、 中山美穂演じる登場人物が、
     
    忘れていたことを脳内で思い出すシーンを見て、よくできてるな~と感心しました!

    ホントに、そーなんですよ。ある言葉を聴いたときに、その キーワードにまつわる出来事で、忘れて
     
    いた別の時代の別の 出来事の映像が、写真や映画のように、ワーッと目の前に近づいてくる!

     
    それから、ハッキリとした映像として、心の中に定着するんです。

    あー、脳ってすごいなと最近思います。
     
    忘れてたことも思い出しちゃうし、忘れないはずのことを、忘 れたみたいにしちゃうし。

     
    いえ、この現象は本当に辛いものなんですがね。

    ここ数年、ずっと自力で眠れなくて、眠剤を飲んでるんですが、
     
    そりゃ眠れんでしょうな、これだけ脳が動いてるんだから。 


    ま、折角なのでしばらくつきあいますわよ、コイツには(苦笑)。
    November 16

    いつか「卒業」するまでは

    今日のカウンセリングにて。
     
    「カウンセリングの時間が、短く感じます。もっと、ゆっくり長く、話したいんです・・・」
     
    そんなことを、まず話してみました。
     
    「でも、流夏さんはもう一番辛い時を過ぎています。それから、神経科のお医者様が、『話をまとめて、頭の中が
    拡散しないようにする訓練も必要』と仰ったといいますから、時間内でその訓練をするのも良いかと思います」
     
    カウンセラーさんはこう仰いました。
     
    最終的には、カウンセリングが無くても不安無しで生活できるよう、「卒業」を目標にするのが、本来のカウンセ
     
    リングだという。
     
     
    私は、一度は、いじめ真っ只中の時に、市の児童相談所で。また、大学入学後、PTSDを発症した際に、大学内
     
    の相談サロンでカウンセリングを受けています。
     
    いじめ真っ最中はともかく、大学の相談サロンでは、「鎧」を脱げず、カウンセラーさんにも心を開けませんでした。
     
    この2つのカウンセリングは、自ら途中でやめてしまいました。
     
    辛くて、言えないことが沢山ありすぎたのです。
     
    その時を思うと、ここまで洗いざらい、自分の心の闇を語るのは、今のカウンセラーさんが初めてです。
     
    まるで、「何でも聞いてくれる友達」ができたような気持ちになり、この5年間は、正直誰にも言ったことのない
     
    ことも、話してきました。抱え続けた闇の大きさに、自分で驚いている次第です。
     
    私の心が安定することで、そのカウンセラーさんと、お別れするのが淋しい・・・・・・
     
    気づくとそんな気持ちを抱いていました。
     
    でも、私の心が本当に落ち着いたら、私の方から「もう必要ない」って思うんじゃないかな・・・
     
    そう思っていたから、この気持ちをカウンセラーさんに正直に話してみました。
     
    「勿論、『卒業』することで全く縁が切れる訳じゃありません。時には近況報告を歓迎します。ただ、定期的なカウ
    ンセリングはしなくなる、ということです」
     
    彼女はこう仰ってくださいました。「縁が切れる訳じゃない」そう解って、安心しました。
     
    心の病を治すのには、自分に合うカウンセラーさんに出会うことが一番かも・・・と思いました。
     
     
    昨日、私は要するに、とある人に私がしたことで、私はその人に嫌われてしまうのじゃないか、という不安に駆られ
     
    ました。しかも、1年近く前に取った態度のことを、突然、思い出してのことです。
     
    話のいきさつを話すとウンセラーさんは、それは心配ないです。でも、あなたがそうして不安になってしまうのは、
     
    あなたにとってその相手が、とても大切で、大きな存在だからですね、ということでした。
     
     
    今回、不安になった相手が、私にとってそんなに大切な存在であるとは、思いもしませんでした。
     
    ちなみに、相手は夫でも子供でも両親でもなく、学生時代のいち友達なのですが・・・・・・
     
    当時、傷ついた私の心を安心させてくれるような、おおらかな態度で接してくれる友達だったので、失いたくなかっ
     
    たのです。勿論、相手は私の心の傷のことは、知りません。
     
     
    今までの人生の中で、私の心に本当に響く言葉をくれたり、態度を示してくれたりしてくれた人との出会いが、数え
     
    切れないくらいありました。
     
    これからもあるかもしれません。
     
    そんな出会いを本当に大切にしたいと思います。
     
    また、今回みたいに相手に対して嫌われるんじゃないか、などと気にになった時は、客観的な意見を求めつつ、その
     
    人の存在が私にとってとてもとても大きいのだな、と認識するくらいの、ちょっと余裕な気持ちが、大きくなるといいな
     
    と思いました。
     
     
    今のカウンセラーさんには、本当に沢山の心の闇を聞いていただいてきたので、彼女とお別れになるのが淋しい。
     
    やはり、ちょっとだけ、そんな気持ちになったりしますが・・・・・・。
     
    でも、いつか「卒業」するまでは頼って、自分を信じて行きたいです。
     
    November 14

    鎧を脱いで・・・

    あ~、来た来た。
     
    また、来たわよ。突然の不安!
     
    今まで、考えていたことなんかぶっ飛んで、あるひとつのことが気になってしまう・・・・・・
     
    久しぶりだよ、昼間に頓服を飲んだのは。
     
    日中、あることが気になったのがきっかけで、動悸が激しくなっちゃってさ。
     
    すぐに布団敷いて寝込んだ。
     
    でも、家族のために食事の準備はできたし、
     
    夫の家業の仕事の手伝いもできたさ。
     
    明日、カウンセリングでこのことを相談しようと思うんだ。
     
    「今まで、あんなことが気になっていたのに、突如こんなことで不安になった」って。
     
    コレを乗り越えたら、またひと皮むけるんかいな。
     
     
    何か、こんなことは何度も言っちゃってるけど、
     
    11歳でいじめに遭ってから・・・・・・あれから22年、私はずっと「鎧」を着て生きた。
     
    人に好かれるため、本来の自分を総て否定して。
     
    でも、心の治療をする中で、その「鎧」は脱げた。
     
    今、そんな「鎧」はもう無くて、新しい「本来の流夏」という服を着た私は、これから一体どこへ行くのか?
     
    数日前までは何かポジティブなこと言ってたけど、現在は自分がどこへ行くのか解らなくて、ちょっと不安だよ。
     
     
     
    October 19

    いじめに負けないで!

    「いじめで自殺未遂 高2女子 ブログに中傷書き込まれ」
    こういったニュースがありました。
    「未遂でよかった・・・」そういう思いと、いつになってもいじめがなくならない、そんなやりどころのない辛さを
    感じました。

    私の母が学生時代を過ごした昭和30年代は、「いじめ」はあったけれど「ひとりが大勢をいじめる」というもの
    で、時には「いじめられっこ」たちが一丸となって仕返しをしたり・・・そんな感じだったそうです。
    「お母さんの頃と違って、今のいじめは大勢の子たちが1人をやる・・・陰湿ね」
    私がいじめにあっていた小6の時、母はよくこう言っていました。
     
    昭和50年代、私が学校生活を送るようになってから今まで、その「陰湿さ」は変わっていないみたいです。
    もしかしたら、世の中が豊かになった分、もっと陰湿な部分もあるかも・・・そう思ってしまいます。
    私自身、「自殺したい」そう思ったことが、1度だけありました。
    多分、今頃・・・・・・小6の10月頃です。でも、1分後には
    「でも、あと1年も我慢しなくても、中学に入学する時が来る。じき、幸せになれるんでしょ」
    (あと、たった5ヶ月の辛抱だわ)
    そう思い直して、死ぬのをやめました。
    あれ?思い直すのに1分もかかったかどうか・・・・・・

    あの頃から、私には無謀な強さがあったみたいで、「私悪いことしてないから、絶対に登校拒否はしない!」
    なんて思って、「いじめの巣」に毎日通っちゃいました。
    その「強さ」が、今のヘビーなPTSDという持病を生んだのかもしれないとも、今は思いますがこれも性格。
    良くも悪くも、仕方ないなと思います。
     
     
         「今、いじめで苦しい思いをしている人へ・・・」
         私が、あなたの辛さを全部理解してる訳ではないと思いつつ、あえて言います。
         苦しいと思います。何故自分がこんな目に?生きている価値は無いの?
         そう思ってしまうのではないかと思います。
         でも、この世に生まれてきたあなたは、必ず、誰かの大切な存在です。
         あなたがいなくなったら、悲しむ人が沢山います。
         無理に学校は行かなくて良いと思います。でも、
         いつか、必ず光は見えてくるから。
         だから、「死」は選ばないで!
         生きて、見返しましょう。自分に打ち勝ちましょう。
         同じ思いをした人はいます。きっと分かち合えます。
         ひとりぼっちではありません。だから、きっと大丈夫。
         「いじめに負けないで!生きて見返しましょう」
    October 17

    掃除

    最近、心身共にPTSD治療疲れでか(勝手に決定。)お勉強なるものや趣味なるものに没頭できない私。
    そんな私が唯一、夢中になれていることが「掃除」です。
    最近、バラエティにもよく出演される、「芸能界一の"お掃除名人”」・松居 一代さんの影響です。
     
    「汚い家に幸せは来ない」「幸せは玄関からやってくる!」・・・・・・
    苦労を重ねたからこそにじみ出る明るさと根気強さが売りの松居さんの言葉には説得力があり、
    ここのところ、掃除ばかりしています。
    掃除は、ほこりや汚れをとるだけでなく、部屋にバリアができて守ってくれるそうです。
    掃除をすることは、自分の心を掃除することでもあるとか。
    部屋がきれいなら、気持ちも整理できるということで・・・
    私は、「部屋を掃除することで、自分の心を浄化して、病も治るのではないか」と思っています。
     
    松居 一代さんは、私があこがれる女性のひとりです。
     
     
    去年の今頃のブログを自分で読み返して、自分で涙が出てしまいました。
    すごく、昔の記憶に苦しんでいて、ここに書き(打ち)殴っていたという感じ・・・・・・
    この1年の変化に自分でも驚きました。
     
    今も、もっと治りたい、どうしたらいいのだろう?と焦るときがありますが、
    ここまで来たのもただ、「自分を信じて、自然に任せて来たから」。
    「1日1日を確実に、できることからコツコツとこなしていくこと。」
    数ヶ月前にも書いたコトだけど、その積み重ねが、治癒していくことになることは、今も変りません。
     
    今まで、周りと自分を比べて自分の至らなさ、価値の無さに泣いたものだけど・・・・・・
    今は、「以前の自分」と「今の自分」を比べることの方が多くなっています。
    だって、私は他の誰でもない「流夏=私」であって。
    誰かと並んだり、誰かを追い越したりしようとしたって、私には私の事情やら状況があって、
    そんなことは中々できないし、第一意味が無い・・・・・・
    うらやましいと思うことはしかたないけど、世界で一人しかいない「自分」を大切にしてあげたい
    ものです。
    ・・・って、何か結論みたいなこと言ってるけど、一所懸命自分に言い聞かせています(^^;。
     
    去年よりも、半年前よりも、ずっと良くなっている自分を信じよう。
    October 16

    冬が近づいてくるよ

    本当に久しぶりです。
    自分と闘う・・・と、何だか強気な発言してお休みをしましたが・・・・・・
    多少は強くはなれたかな。
     
    ただ、思うように人生、いかないものですね。
    でも、少しずつ少しずつ、前進している自分には、実は気づいています。
    去年の同じ頃のブログを見返すと、自分でも驚くくらい今とは違いますから・・・
     
    去年は「広いところは嫌い」と言っていたカナタの運動会。
    今年は「役員」もやりながら、思い切り楽しみました。
    ただ、少しだけ集団への怖さは残りますが・・・・・・
     
    ここひと月くらいで、北海道で小6女子が自殺し、遺書からいじめの事実が
    発覚したというニュース、そして福岡県で中2男子がいじめが原因で
    自殺したというニュースが流れました。
    小6女子の件は、事件は去年起きていたとのこと・・・
    こんなニュースを聞くと本当に辛くなります。
    「小6女子」はそのまま自分がいじめにあっていた時期ですから、人ごととは
    思えません。
    以前は、こんなニュースや記事を、聞くことも見ることも辛かったのですが、
    今は、涙を流しながらも、ニュースを聴いたり記事を読んだりすることはできる
    ようになりました。
    「生きて頑張ってほしかった」という思いと、「辛さにずっと絶えることは無いよ」
    という思いが交差します。
    でも、「死」は選んで欲しくなかったな・・・・・・
     
    私は、たまにまだ不安になったり、薬を飲んだりしますが、月の半分くらいは
    普通に過ごせるようになり、薬は頓服で服用する形になっています。
     
    神様はいらっしゃると思います。
    神様は私を守ってくださっているから、だからこそ私は神の決断に身を委ねて、
    流れに任せて生きていこうと思います。 
     
    そんな訳で、これからはかなりマイペースで更新はスローになりますが、
    少しずつブログを復活します。
    これからもよろしくお願いしますm(__)m。
    September 26

    波に乗って

    みなさん、いつも来てくださってありがとうございます。
     
    やっぱり人の心は常に変化するもので、
    感情の波はあり、色々な状態の時があります。
     
    少し表現が大袈裟ですが、そんな感情の波に乗りつつ、
    今、私は「今までの私」から抜け出すために、「たたかって」いる感じがします。
    絶対に、負けないつもりです。
     
    その間、少しだけ、少しだけブログをお休みします。 
    また、書ける状況になったら、ブログを書きます!
    その時はまた、変わらず、よろしくお願いしますm(_ _)m。
     
    「私は、大丈夫」(^^)。
     
     
    September 17

    夏の終わりに・・・・・・

    鈴虫の音が心地よい季節になった。
     
    この夏は、暑くて、でもあっという間で、色々なことがあって、
    私にとっては人生の中で最も心地よく過ごせた。
     
    「心の中に穏やかなそよ風が吹いている」
    そんな気持ちで“ここ数日”を過ごせていることに感謝する。
     
    つい先日経験した「再刺激」は、幼稚園からお手紙をもらい、日常生活では
    息子はお友達と仲良く過ごしていることが解った。
    友達との「ケンカ」これは、必ずどの子も経験することだという。
     
    これからもまだまだ、この「再刺激」繰り返すと思う。
    しかも、彼はこれから、私が恐怖の場として記憶している「小学校」に入学する。
    何かの折に、辛い気持ちになったり、涙を流したりするのかもしれない。
     
    「過去の傷は消えることは無い。でも、共存はできる」 私はそう感じている。
     
    でも、どんなに辛くても、「再刺激」はあくまで「再刺激」であることを忘れないで、
    今の自分を信じて立ち向かいたい。
     
    August 19

    この夏

    Current Summer というタイトルをつけて、ブログを始めた去年の8月26日から、もうじき丸1年。
    きっと持病のことを語る日が来るだろうなと思いながら、最初はとりとめもないことを書いて・・・・・・
    「本題」に入るまで、1ヶ月もかからなかったっけ。
    私は、「PTSD」のことをここに書きたくて、このブログを立ち上げた。
     
    最初は、書くことで気持ちがスッキリするやら、でも、頭痛とか腹痛という形で症状が出てしまって
    苦しいやら。でも、ここに書いて、インターネットという、誰もが見る機会のある場所に「暴露」してし
    まうことが、とても薬になると信じて続けた。
     
    やがて、いつしかそんな辛さも抜けて、いつのまにか「楽しいこと」も書けるようになった・・・・・・
     
    「2005年の12月には治る」「2006年の2月には治る」そして「2006年の8月には治る」・・・・・・
    根拠のない憶測を立てて、その日までに「頑張ってきた」つもりだった。
    夜、床に入って1時間ほどウトウトする。暑さもあって起きてしまうと不安が起こる。そんな時は
    薬を1錠飲む。夜にこのような状況がある他は、日常は薬無しで過ごせるようになった。
     
    「あと一歩」そう自分に言い聞かせている。
    「今は、まだ夜寝る前に不安があるけど、もうじき大丈夫になる」そうも言い聞かせる。
    「だから、私は大丈夫。自信持って!」
    気持ちを強く持つことが大切。
     
    「この夏」、私は徐々に回復しつつある自分の心を、感じ、喜んでいる。
    本当に薬がなくても安定・安心できるようになりたいと焦る気持ちもあるけれど
    「いつかそんな日がくるから」「周りの目や、自分を批判する過去のいじめメンバー
    の亡霊に負けないで!」
    こんなことを思っている。
     
    PTSDという病気になってしまったことはとても辛いことだけれど、このことで得たことと、
    これを克服するぞという前向きで強い気持ち、治った時のことを考えると感じるすがすが
    しい気持ちに支えられている。
    それから、今なお辛いPTSDに悩んでいる人の、回復へのヒントに少しでもなれば・・・と
    思っている。
    だから、薬がなくて大丈夫になっても、ブログは続けるつもりでいる。
     
    これからも、頑張るぞ!
     
     
    そして、PTSDを暴露することで出会えた、コメントくださる皆さんには、感謝の気持ち
    でいっぱいです。
    「この夏」を、去年と違ってこんなにすがすがしい気持ちで迎えられることを嬉しく思います。
    これからもよろしくお願いします。
     
    August 04

    カウンセリング

    カウンセリングを受けてきた。
    「何か劇的な変化が起こって、一気に良くなりたいんですけど」そんなことを私はカウンセラーに言っていた。
    「劇的に、すぐに良くなりたい」この思いが、自分自身を追いやっていた・・・みたいだ。
    「私なんか、普通に生活してるだけ。こんな、変わらない生活に焦りを感じる」
     
    「劇的な変化は、そんなには起こらないですよ。今は、普通の生活を普通に続けてください。そして、必ず少しずつ、良くなっていきますから。」
    カウンセラーさんはこうおっしゃった。
     
    「必ず良くなるんですか?どうしてそう言いきれるんですか?」ともたずねてみた。
    「人には、その人にとって一番自然で、無理な力入れなくても、心地よく生きていこうとする力がある。流夏さんは、そんな力を十分に持っている。だから、そう言いきれるんですよ」と、答えてくださった。
     
    今の私の「問題」は、「追いやられる」ことだ。と、カウンセラーさんはおっしゃった。
    この「追いやられる」は、実際に誰かが私を監視して、逐一色々言ってくるのではなく・・・・・・
    昔、「いじめ」にあっていたころのいじめメンバーが頭の中にまだ居て、私の行動に一々文句をつける・・・・・・
    その「いじめる側役」を、脳内で私は作ってしまっている・・・・・・・・・ここが「問題」なのだと、カウンセラーさんはおっしゃった。
    実際の、昔の「いじめる側」は、ひとりではない。10人も12人も居た。
     
    家事をすれば、「おまえは家事しかしていない」と追いやられる。
    子供と遊んでいれば「そんな遊び方でいいのか」と追いやられる。
    隣の義父母に子供を預ければ「おまえは育児をさぼっている」と、追いやられる。
    近くのマンション街の中庭には、子供の友達も数人住んでいるが、約束なしでマンション街の中庭には行きづらい。矢張りそこは「公園」ではなく、「人様の家の『中庭』」だからだ。そこを素通りすると「親が臆病になって、子供の遊び場を奪っている」と、追いやられる。
    薬を飲まないでいると「薬飲んでいないなんて。どうせ眠れなくなるんじゃねえのか?」と、『監視』される。
    薬を飲むと「まだ薬飲んでる。おまえは弱い」と、追いやられる。
     
    私は、脳内で「こんなこと」を日常でやってきた。カウンセリング内で、脳内の「いじめる側役」を「仮想敵陣」と名づけた。
    「それだけ、何をしても一々、いじめとして文句を言われる生活が長く、辛かったということです。今、自分を追いやってしまうのが、仮想敵陣のしわざだと気づいただけでも前進です」と、カウンセラーさんは言ってくださった。
     
    ひとつひとつは覚えていない。でも、こうし独特の思考回路ができ、PTSD治療最後の最後になってここでこのことがこれだけ脳内パニックになるんだから、今私が覚えている以上のものだったことは想像できる。
     
    やり方は人によるだろうが、私は、こうした症状や自分に降りかかった出来事を、多少の脚色は加えつつもかなりリアルに書いて、ここまで来た。専門用語では「暴露療法」というらしい。結構ハイリスクハイリターンではあるが、私にはこのやり方があっているようだ。
    カウンセリングでも、私は自分のことをほぼ、包み隠さず話してきた。何人かカウンセラーという職業の人にはお世話になっているが、自分の今までのことや、受けたいじめの内容をここまで話したことは無かった。話すことは勇気が要る。そして、書くことも勇気が要る。
    それでも、私のために、これからも自分の症状を「書き出して」行こうと思う。
     
    今日はカウンセリングを受けてきたから比較的落ち着いているけど、また何かの拍子に「迷い」が生じるかもしれない。
    だって・・・ここのところ、金曜日にカウンセリングを受けてすっきりする→月曜日あたりまでそれが持続する→火曜日以降、迷いが生じ、悩み苦しむ→カウンセリングの日が来て落ち着く、を繰り返しているんだもの。嫌になってしまう。
    でも、それは次のカウンセリングで「修正」するしかないかな。
    「必ず良くなる」んだものね。
    July 25

    趣味を持つ

    ここのところ、「減薬」のことばかり考えていた。
    私は、一つのことばかりを意識すると、過剰に意識しすぎて辛くなるようだ。
     
     
    昨日、改めて別の病院に行って、今の自分のことを相談してきた。そこの医師にようrと、「1年でよくここまで減らせた。このことをまず褒める。不安定になるくらいなら、薬は飲んだ方が良い。趣味を持ち、外に目をむけるべき」
    といったことを言われた。この病院に足を運んだことで、少しだけ自分自身納得した。そして、勇気が沸いて来た。
     
    私が今、感じていた違和感は、「趣味」に目をむけていなかったことにある。
    趣味というか、私がとても興味を持っているものに、足を運んでみる決心がついた。
    以前住んでいた場所で「国際交流ボランティア活動」なるものをしていたので、この地のそういったボランティア団体に参加しようと思ったのだ。
    これ以上、自分の内面に意識を向け続けるのは辛いので、「思い立ったが吉日」と思い立った。
     
    ・・・・・・ためらう自分も居た。
    「もし、自分の思ったところと違ったらどうしよう?」と。
    あー、私、守りに入ってるな。いつからこんな臆病になったのだろーか。
    子供が生まれてからかな。
    いや、でもでもでも、勇気を出した方が良い時もある。
     
    そう思い、先ほど行って来た。
    ボランティア登録を行い、メールアドレスを提出して、活動内容などが書かれているメールマガジンが来るのを待つ。
    仕事と違い、毎日そこに行って働く、というものではないので、私の生活が即座に一変する、という訳ではなさそうだ。が、そういった場所に「移動する行動力」を発揮できたことは大きな一歩だと思った。
     
     
    小学6年の時のことが頭に引っかかって悩んでいるから、ってのもあるのだろーか。自分がいつまでも子供時代と同じ感覚で居てしまうのだが。
     
    独身時代、独りきりで悩み続けた頃をひきずっているのだと思うが・・・・・・
    私は、つい独りで悩んでいるような気持ちになってしまう。しかし、今はそうじゃない。
    家族がいる。
    特に、子供の前では、母親でなければならない。
     
    「幸せは、いつも自分の心が決める」
     
    今更だが、相田みつを氏のこの言葉が胸に突き刺さった。
     
    周りから見てどう写るか、じゃなくて、家族の為に、自分の為に健康になりたいし幸せになりたい。
    今こそ、このことをもっと心に留めるべきだと思う。
     
    私は、自分のためだけじゃなくて、家族の為に、自分自身を高めて行きたい。