流夏's profileCurrent Summer ~PTSDを越える...PhotosBlogLists Tools Help

Blog


    November 17

    癒されるもの

    14日(土)、カナタが窓を見て「お母さん、見て!」と叫ぶので、窓の外を眺めると・・・・・・
     
    綺麗な夕陽。
     
     
     
    それから、もうひとつ癒されているのが、TBSで放送中の日曜劇場、「JINー仁ー」。

    脳外科医の南方 仁がひょんなことから江戸時代にタイムスリップして、当時にはなかった
    現代の医療を駆使して人々を助けていく。又、その過程で起きることを通してのヒューマン
    ドラマという感じでお話は進んでいます。
     
    SFっぽい設定が興味を引いたので、ためしにちょっと見てみたら・・・・・・
    新生児を抱えているにも関わらず、私はこのドラマにはまってしまいました。
    「江戸時代にタイムスリップ」というSF的な、本当ならありえない設定の中にも、
    ものすごいリアリティに満ちた内容のお話。
    俳優さん(大沢たかおさん、綾瀬はるかさんなど)の真剣さが伝わる、素敵なドラマです。
     
    音楽、役者さんの意気込み、ストーリー・・・・・・
    何だかね、とっっっっても切なくて、それがまた、たまらなく心地良いのよねぇ。
    ハルトの世話をする傍ら、DVDを何度も巻き戻しながら、涙流して感動しています。
    November 13

    憧れたけど・・・・・・(母乳育児を目指した奮闘記)

    「母乳育児」に憧れていました。
    自然な栄養源で、免疫もあるし、赤ちゃんにとって、母乳は最良のものであると聴いていました。
     
    カナタは、生後2週間頃から、頻繁に大量に嘔吐を繰り返すようになりました。、
    それは「幽門狭窄症」という症状で、胃の出口の筋肉が狭くて、
    飲んだものの通りが悪いことによるもので、1ヶ月半の時に、総合病院に入院しました。
     
    もともと、母乳は余り出る方ではなかったのですが・・・・・・
    このショックで、母乳が止まってしまったのです。
    それからは、ミルク(人工栄養)での育児に。
    カナタの方は、薬だけで治り(手術はしないで済み)、3週間で退院できました。
     
    当時のママ友達は、何故か、私の仲の良い人ほど、100%母乳育児の人ばかりで、
    繰り返される「母乳談話」の輪に入れず、淋しい思いをしました。
    「母乳ほどいいものはない」「母乳で育てている私たちは素晴らしい」なんて話は、
    聴いてるだけの私はとても切なくて悔しい。
    「次こそは!」という思いを硬くしました。
     
    ハルトが生まれてすぐ、あの時の思いから、産婦人科の「母乳外来」なるものに行きました。
    母乳が出るためのメドッドが色々と用意されている、母乳が出るように指導してくれるところです。
    助産師さんに「(母乳が)出ない方ではない」と言ってもらえたのですが、
    ハルトは、病院で哺乳瓶にすっかり慣れてしまい、お乳に吸い付きたがらなくなっていたのです。
     
    哺乳瓶と乳房は形が違うので、赤ちゃんによってはどっちかがよくなってしまう子もいるとのこと。
    「乳首混乱(ニップルコンフュージョン)」といって、よくある現象なのだとか。
     
    今回、帝王切開だったため、私がすぐに授乳することはできませんでした。
    入院中のわずか10日で、哺乳瓶派になってしまうとは・・・・・・
    哺乳瓶を使うのは、病院の方針であり、私自身が原因ではない!と自分に言いきかせました。
     
    お乳を吸うようになるか、頑なに哺乳瓶を好み、お乳を拒み続けるかは赤ちゃんによるのですが、
    ハルトは典型的な後者でした。吸い始めると、すぐに眠ってしまい、時には口に含むことを嫌がります。
     
    カナタの時のママ友達の話しぶりだと、「自分さえ努力すれば、100%母乳の育児は実現する」
    という感じでしたが、
    “相手あってのこと(赤ちゃんが吸い付いてくれないと実現しない)”だったなんて、聴いてないよ~~~!
     
    ミルクの量を減らすことでお腹をすかせ、お乳を吸うように仕向ける、
    という指導を受けて実行しましたが、
    ハルトがお乳を吸う量は変わらず、体重が増えなくなるだけでした。
    1ヶ月検診では、「体重増加が、少しよくない」と、病院で指摘されてしまいました。
     
    無理やり吸わせ続けたこともありましたが、そんなことをすると、その度に激しく抵抗されてしまう。
    私もイライラの極地になり、心身ともに疲れ果ててしまいました。
    そんなのが、1ヵ月半続きました。
     
    お乳は、赤ちゃんが吸うことで分泌されて、出るという仕組み。
    逆に、お乳を吸わせないと、使っていないものと判断して、お乳は出なくなってしまう。
    保健所に相談して、
    “お乳が出なくなるのを防ぐため、「蛇口を開けておく行動」として、含ませるだけ含ませ、
    ハルトには、お乳を絞って搾乳したものを哺乳瓶で飲ませる” ことにしました。
    ただ、ハルトが吸ってくれないからか、母乳の出は少ない。
    それでも、出る分だけを与えようと、必死になりました。
     
    1日に5回~7回は搾乳したかな。
    2週間ほどした頃、今度は私の手が腱鞘炎になってしまいました。
    指先がしびれて、肩の辺りまでが痛い。
    搾乳で腱鞘炎になるなんて、聞いたことないっ!
     
    またまた保健所に電話をして聴いてもらって、やっと私の中で吹っ切れました。
    腱鞘炎がひどくなっては困るので、搾乳は中止。
     
    心の病を克服して、2度の流産を乗り越えて、やっと生まれてきた子供なのだから、
    100%母乳育児、にこだわることはないじゃないか。と夫も言いました。
    ハルトが、すくすく順調に育ってくれることが、私たちの望みな訳です。
    逆に、母乳にこだわることでミルクを与えなくして、ハルトに栄養が行かなくなる方が
    怖いと思いました。
     
    母乳に含まれる免疫も、飲んでいる間のもので、蓄積される訳ではないとのこと。
    断乳すれば、母乳で育った赤ちゃんにも免疫は少なくなる訳で、
    風邪を引きやすくなる時期が早いか遅いか、という違いだと保健所で聴きました。
     
    母乳は、今も直飲みで与えていますが、ちょっとしか飲んでくれません。
    2ヶ月を迎えて、いっぱい飲むようにはなってくれませんでした。
    でも、これだけ頑張ったのだからと納得しました。
    現在は、母乳1割・ミルク9割の混合栄養です。
     
    2度とも、母乳が沢山でるようにできなかったのは悔しいですが、
    努力をしての結果だと、自分に言いきかせています。 
    November 07

    オムツケーキ

    少し前のことになりますが、10月26日(月)に、中学からの友達であるM子がお祝い訪問してくれました。
     
    お祝いにオムツケーキなるものをいただきました。
     
    紙オムツをくるっと丸めたのを、円状の紙の中に入れて2つ重ねたもの。
    ハロウィン直前だったので、ジャックオーランタン(Jack-o'-Lantern )を乗っけてくれました。
    アイディア勝負のお祝いも嬉しいものです。
     
     
     
    生後1ヵ月半を過ぎて、ハルトはすくすく育っています。
    近所を散歩したりして、すこ~~しずつ、行動範囲を広げています。
     
    私自身も、少しだけ余裕が出てきました。
    7年半前と違って、「友達と会っていないと、友達をなくしそうで怖い」という恐怖感が無いので、
    ママ友達と会うのは、もう少しゆとりが出てきてからにしようと思っています。
    October 25

    次男 誕生

    久しぶりの更新になりました。
     
    先月、我が家に次男・ハルト(HN)が誕生しました。
    カナタが生まれた時から7年半ぶりの、新生児育児が始まっています。
    流産を2度経験しているので、無事の誕生を確認してから報告しようと思っていました。
    しかしながら、想像以上にバタバタしており、また、すごい眠気で、中々時間が取れないものです。
     
    去年の年末、「流産体験記」をUPした直後に妊娠が解ったのも、何だか偶然じゃないような
    気がしています。(記事を書いた時にはもう、赤ちゃんはいたことになりますが)
     
    調子が悪かった4,5年前、(カナタに兄弟を与えたい)という思いひとつで頑張ってきました。
    薬を飲んでいたので、カナタに兄弟を授けるにはまず、薬を飲まなくても大丈夫な状況に
    しなければならないと思っていたのです。
     
    学年では8年、あいてしまいましたが、カナタは小さな弟をとても可愛がってくれています。
    頑張ってきてよかったと思いました。
     
    焦っていた時期もありましたが、今が一番、調子が良いです。
    ハルトはあえて、今という時期を選んで来てくれたのでしょう。
     
    ここも中々更新できなくなってしまいましたが、また少しずつでも、自分の気づきをUPできたらいいなと思います。
    September 10

    掃除という“行動療法”

    掃除を意識的にしようと決心したのは、3年ほど前でした。
    掃除で有名な松居 一代さんの影響です。
    あの頃、松居さんは色々な番組に出演されて、芸能人や一般家庭のお宅に訪問しては、
    掃除のコツなどを披露していました。
     
    当時、まだ私の体調(=心の治癒度)はイマイチで、どうしたらココを抜けられるか・・・・・・
    と、模索していました。
    松居さんの「綺麗な家には幸せが来る」という言葉で、一発奮起(を、しようと決意(笑))。
    また、松居さんが元々は掃除好きではなくて、苦労を重ねて、掃除を好きになってから
    運やツキが回って来た、というのも、勇気付けられた一つでした。
     
    ところで、二世帯同居している私の義母は、とても掃除好きで、隣宅に行くと、掃除機や
    雑巾でお掃除をされています。
    松居さんの「掃除はいい」という“理論”と、義母の“実践している姿”で、私も掃除を実践
    することができました。
    何しろ、(今日はかったるいから掃除やだな~)と思って隣家に行くと、私よりずっと年上
    (アタリマエだが。)の義母がせっせと雑巾がけをしているのだから。
    若い私もやらねば!と奮起できる訳なんです。
     
    ただし、「やりすぎないこと」「出来る範囲で」「1日10分くらいで」を、鉄則にしました。
     
    毎日、全箇所を掃除、なんてやっていると間違いなくイヤになるので、「一箇所掃除」にしています。
    今日は台所、明日は居間。明後日は廊下・・・・・・と、少ないスペース。
    やる気があれば掃除機がけ&雑巾で水拭き。面倒な時は掃除機だけ。
    (勿論、本当にやる気が無い時は無理してやりません)
    続けているうちに、PC台やテレビ台等、掃除できる箇所が少しずつ、増えてきました。
     
    掃除をすると、部屋が綺麗になるだけでなくて、情緒が安定します。江原 啓之さんによると
    「自分のオーラが部屋に付着して、そのオーラがバリアとなって部屋を守り、ひいては
    自分自身を守ることになる」のだそうです。
    最近は、不安を感じた時、とにかく掃除をすることにしました。
    不思議と「やるだけやったわ」という気持ちになって、気持ちが落ち着くんです。
     
    心の治療という観点から見ると、“行動療法”の意味合いもあるのでしょう。 
    この繰り返しで、やっと現在の「心の安定」を得てきたように思います。
     
    September 07

    早口言葉

    9月。
     
    学校が二期制になったので、「2学期」とは言わないんですね。
    4月から夏休み前までを「前期前半」、夏休み明けから秋休み前までを「前期後半」
    と呼ぶのですが、まだちょっと慣れない感じです・・・・・・
    10月中旬に、5日間の「秋休み」があるのですが、秋のGWと言われる9月19日~
    23日の連休も5日間。
    いっそのこと、くっつけて「学校のお休み」っぽくしてあげたい気分です。
     
    カナタが学校の国語で「言葉遊び」として、「早口言葉」なるものを勉強してきました。
    「生麦 生米 生たまご」
    「かえる ピョコピョコ 三ピョコピョコ 合わせて ピョコピョコ 六ピョコピョコ」
    「隣の客は よく 柿食う客だ」
     
    などなど・・・・・・
    懐かしいものです。ドリフ世代の私はどうしてもアレを思い出します。
    そう、「8時だヨ!全員集合」の1コーナーだった、
    「ドリフの少年少女合唱団 早口言葉」。
     
    丁度、カナタの年齢だった小学2年生頃から見始めて、中学1年の冬に番組が
    終了するまで、見逃したことってほとんど無かったのではないかな。
    毎週とても楽しみでした。
     
    早速、例の「you tube」で見つけましたが、本当に懐かしい。
    このリズムは、アタマから抜けません。
     
     
     
    当時、アイドルは「テレビの向こうの手の届かぬ存在/素が見えない存在」
    でしたが、この番組では、聖子ちゃん等、アイドルの“素の自然な顔”が見え
    たりしていたのですね。
    上手く言えなくて照れ笑いをしたり、最後の「イエ~イ!」という掛け声だけ
    威勢がよかったり・・・
     
    最後は志村 けんですが、ひとりだけ声がオカシくなってしまいます。でも、
    オカシいのは声だけで早口言葉そのものは相当、練習を重ねている感じです。
    後になって、裏話として「綿密に計算してのコントである」とか、「舞台裏は常に
    緊張が走っていた」等々聞きますから、このコーナーも大変な苦労の上に
    あったんですね。
     
    これだけ、全国民がひきつけられる番組って、もうできないんだろうなぁ・・・・・・
    August 26

    秋の気配

    暑い日々の中にも、朝晩は秋の気配・・・・・・
    今年は、その「秋の気配」を感じるのが若干、早い気がします。
     
    あるテレビに出ていた気象予報士さんによると、秋の高気圧が強く張り出して、じめじめとした
    暑い夏をもたらす太平洋高気圧に覆われる日が少なかったためだとか。
     
    それはそれで、日照不足等で野菜や米に影響が出るようですが、比較的過ごしやすい夏休み
    だった、という印象・・・・・・
     
    秋は淋しい。
    秋の虫の鳴き声・・・・・・
    早い日の入りで、夜が長い。
     
    時が過ぎて、そんな「秋から晩秋」にかけてのもの淋しさを
    楽しむ気持ちで迎えることができるようになりました。
     
    ここ神奈川では、8月のお盆の頃になると、ちょっと気の早い秋の虫が鳴き出します。
     
    (今年も、来たな・・・・・・)
     そう思いながら、秋の始まりの予感を感じます。
     
    日中は、夏の蝉の声。そして夜は秋の虫の声。
     
    今年は、そんな「秋の始まり」が若干早かったから、
    いつもより長く、この「秋から晩秋」を楽しみたいと思います。
    August 05

    慌しい日々

    夏休み真っ最中。
     
    カナタの勉強を見ているうちに正午を回り、気づくと夕食が終わってホッと一息・・・・・・
    そんな毎日。
    慌しいけれど、充実した2009年の夏休みを過ごしている。
    色々考え込む時もあるけれど、気づくとそこから抜けることが出来ていたり・・・・・・
    気分の転換も、要領得てきたかな。
    今日は、夜中に目が覚めてしまい、中々できなかったPCに向かっている。
     
    カナタが2歳の時、私は体調不良でカナタを見ることが出来ず、近所の無認可保育園に
    預けていた。
    「あの時、僕はお母さんに会いたい、早く帰りたいと思った」
    と、いう当時の気持ちを聞いたのは、2,3年前のこと。
    色々な気持ちになった。だから、長期休暇中はとことん、子供と向き合うことにした。
    今は、その頃のことは忘れているようだ。
     
    あの時は大変だったけれど、それなりに取り戻せたものもあるよう・・・・・・
    ヨカッタ。
     
    慌しい日々。
    本当はここに書き留めたいことも沢山あるのだが・・・・・・
    また、ゆっくりPCに向かいたいと思う。 
    July 26

    雅楽会にて

    「雅楽会」というのがあったので、家族で行ってきた。
     
    笙(鳳笙)、篳篥(ひちりき)、龍笛(横笛、おうてき)・・・・・・等の伝統的な楽器を
    使って演奏される、日本の音楽。
    こういう伝統的な音楽に聞き入るのは、本当に久しぶりである。
    最近、家族でのお出かけに対してつきあいの悪かったカナタも、今回は行くと
    言ったので、久々の家族でのお出かけ。
     
     
    特に、見所は「舞い」だった。
    装束に身を包んで、涼しげに踊っておられるけれど、皆さんきっと相当暑かったでしょう。
     
    何より驚いたのは、この雅楽の会の会長さんが、私が中学時代にお世話になった先生だったこと。
    パンフレットに載っていた名前に見覚えがあってびっくり。
    そういえば、人ごみを歩いている際に、その先生に似た方がいらっしゃるなと思ったばかりだった。
     
    思い切って、その方に声を掛けてみた。
    間違いなく、お世話になった先生だった。
    担任ではなかったので、流石に先生の方は私のことを覚えてはおられなかったが、大変喜んでくださった。
    決して、中学校から近いところではなかったので、この偶然には驚くと共に、とても嬉しくなった。
     
    その先生には、習字も教わったのだが、大人になってから習字を書いていると、先生が教えてくださった
    書き方のコツなどを、随所で思い出すのだ。
     
    丁度、中学時代のことを色々と思い出していたところでもあった。
    記憶も、薄れていくと何となく現実感を感じなくなる。
    そんな中、私は矢張り、あの中学校に通っていたのだという、“歴史的事実”(大げさかな?)を実感できた。
    お世話になった先生にお会いすることができて、大変良い1日だった。
    July 23

    日食

    昨日は、日本で46年ぶりの皆既日食だった。
    関東地方も部分日食が観測されたけど、あいにくの天気。厚い雲に覆われて、
    暗くはなったけれど「日食」だという実感は余りできなかった。
     
    それでも、自然が巻き起こすこういう偶然の奇跡ってすごい!という実感は十分にある。
    そんな奇跡のただ中にいる、という実感は・・・・・・何だかドキドキするものだ。
    その中でも、太陽や月、地球が巻き起こす天体ショーは何と言ってもスケールが違う。
    自然と、胸騒ぎがした。
     
    前回、部分日食を見たのは確か高校生の時。
    今回よりも隠れる面積が大きくて、夕暮れ時か夜明け前くらいの暗さにまでなった。
    「すごい。昼なのに夜だっ!」
    と、かなり感動したっけ。
    カナタにも、「昼なのに夜になるんだよ~」なんて“宣伝”していたので、今回はそこ
    までは暗くならずで「夜じゃないね~」なんて言われてしまったが。
     
    昔の人には、日食は怖い出来事だったみたい。
    そりゃそうだよなぁ~、日中に、普通に照っている太陽がいきなりなくなっていっちゃうんだから。
    科学が発達した今だからこそ悠長に日食だ~なんて言っていられるけど、
    普通に考えたら怖いかも。
     
    自分たちでいじることのできない「天」の奇跡。今回は満喫できなかったけれど、
    次は2012年に金環食が見られるかもしれないから、それに期待しようと思う。
     
    July 17

    夏休み来る

    明日から夏休みである。
     
    今日でひとまず、学校は終わり。
    帰ってきたと思ったら、カナタはすぐに友達のところに遊びに行った。
    今日初めて、放課後遊ぶ約束をしたのだそうだ。
     
    うまく遊べているかな・・・・・・なんて、
    心配してもキリが無い。きっと、子供の世界でカナタは私が思うよりも
    ずっとたくましくやっているのだと思う。
     
    ランドセルの中には、宿題や夏休みの課題や、保護者向けのお手がいっぱい入っていた。
     
    私が、「自分の過去の振り返り」中心の生活から、「子供の保護者」としての立場中心
    の生活に移って、随分経つ。
    と、いうよりはいつの間にか、「自分の過去の振り返り」中心の生活が終わって、
    気づくと子供のことをいっぱい考える親になっていた。
    今学期の、私自身の最大の変化かな。
     
    子育てをする中で、見えてくる「過去の自分」もある。
    私は小学生の頃、「内省の行き届いている子」だと、カウンセラーの先生に評されたことがある。
    内省・・・「自分自身の心のはたらきや状態をかえりみること」だそうだ。
    あの頃から、物事の原因と結果がハッキリしていないと、全てが理路整然としていないと
    スッキリしなかった。子供らしくなかったかもしれない。
    周囲の同級生はもっと漠然とした中で自由にやっているから、それで周囲と上手く
    やれなかったのかなと、思うようになった。
    その違和感は、年齢と共に薄れていったけど。
    そんな感じだった私に比べると、カナタはずっと自然体で周りとなじめる子のように思う。
     
    暑い夏休みが来る。
    家族皆にとって楽しい夏になりますように・・・・・・
    July 04

    中山 美穂エッセイ 「なぜならやさしいまちがあったから」

    今週に入って、やっと風邪も治った^^
    風邪・・・・というか、気持ちがかったるい間は、頑張るのをやめて自然体で神ながらで、
    力を入れずに過ごせたよ。
     
    休んでいる間に、一冊のエッセイを買った。
    中山 美穂さんの「なぜならやさしいまちがあったから」というもの。
     
    中山 美穂さんは、中学から高校時代にかけてとても好きだったタレントさん。
    デビューしたての頃は、綺麗できつい印象の顔立ちで、ちょっと不良っぽい役でドラマや
    映画に出ていたので、雰囲気がなじめなかった。
    でも、時と共に優しい感じになり、自然と好きになった。
     
    この本は、もともと雑誌「LEE」に連載されていたエッセイから抜粋したものと、書き下ろし。
    辻 仁成さんと結婚されてからパリに移り住んだ美穂さんが、生活の中で感じた小さな
    気づきがたくさん、書かれていた。
    美穂さんの、落ち着いた静かな感じの印象が伝わってくる。
    “白っぽい透明なテーブルに、たくさんの「気づき」という綺麗な宝石が散りばめれている・・・”
    このエッセイは、そんな印象を持った。
     
    パリの市場やカフェ、そして街中の建物やら公園やらで気づいた、さりげない1つ1つがとても、
    奥深い表現で書かれている。
    今、4歳になる息子くんとの、可愛いさりげないふれあいも書かれている。
    生い立ちや、夫の辻 仁成さんについても、触れられていた。
    日本で超売れっ子だった美穂さんが、パリではノーメイクに近い感じで自然体で過ごされている。
     
    パリに移住して、子供を持つことで、自分自身の半生や幼少時代を振り返り、エッセイ執筆の
    中でそんな半生を肯定できた、そんな風に書かれていた。
    それは、もちろん全く一緒にはできないけれど、ここ数年、この地で子育てをしながら自分自身の
    過去を、病みながら振り返っていた私自身と、重なった。
     
    私の場合、たまたま“病んで”しまったけれど、美穂さんのように普通に、外国に住むことで自身
    を振り返ることもあるのだなと実感した。
     
    パリには、卒業旅行で友達と2週間、行ったことがある。
    スピードが問われる日本とは違い、ゆったりとした時の流れるパリ。
    夜7時にはお店は閉まるし、夏休みとなると多くの人が長期間、バカンスを楽しむ。
    裁判所だとか、普通の建物にも素敵な彫刻があり、町並みの中に美術館があるような感じだった。
    勿論、凱旋門やノートルダム聖堂、エッフェル塔等の大きな建築物は、絶景だった。
     
    “テーブルの上の小さな宝石たち”を眺めながら、私もゆっくりとした時間を過ごせた。
    パリの街並みを思い出しながら。
    June 24

    何も無い時間

    土曜日から喉が痛かった。久しぶりの風邪だ。
    起きているのが辛くて、ずっと寝込んでいた。
     
    今日になって、少しラクになってきた。
    横になっているのも退屈。でも、
    掃除やら、かたつけやら、やらなきゃいけないことは沢山あるのだけど、
    それらをやるほどの気力は無い。
     
    はて、「時間」ってこんなに、持て余すものだったっけ?
     
    過去3年くらいは、過去の時代を“時間旅行”して過ごしていたから、
    暇な時間がほとんどなかった。
    “現在”と“過去”を両方生きるんだから、そりゃぁ忙しかったはずだわ。
     
    育児も、少しだけラクになった。勿論まだまだ手はかかるけど、
    泣くことしかできない「新生児期」
    随時傍にいなければいけない「未就園期」
    少し手が離れたけど、矢張り目が離せない「幼稚園期」が過ぎて、
    ある程度は自分で自分のことをやる2年生になったから、矢張りあの新生児期の慌しさはない。
    ママ友の中には、仕事を始めた人もいる。
     
    私が20代だった頃は、「自分探し」みたいなのが流行っていた気がする。
    会社に勤めている女性の多くが、自分らしさを探して、転職したり資格を取ったりしていた。
    私も、英検やらパソコンやら、色々資格に挑戦してみようとしたけど、今ひとつしっくりいかなかった。
    でも、矢張りどこかで、社会のお役に立ちたい。少しでいいから自分でも稼ぎたい気持ちは今もある。
    育児を経験している今は、もっと落ち着いたら、育児経験を生かした仕事をするのもいいなと
    思うようになった。
     
     
    掃除にかたつけ・・・・・・
    できるようになればできるんだから、こんな微妙な調子の時は、何もしなくていい。
    時間をめいっぱい、持て余していればいいんだ。
    June 20

    歌で覚えて、楽しく学ぶ

    最近、深刻な?話が続いたので、ちょっと違うお話を。
     
    中学3年の時、社会科の公民で初めて、政治経済について学びました。
    日本国憲法にも触れる訳なのですが、“日本国憲法前文”という、憲法の趣旨や基本原則を記した文があって、
    社会科の先生に、その前文を覚えて暗唱しなさいといわれましてね。何でも成績になるとかで・・・・・・
    で、面白いテープも聴かせてくれました。
    なんと、この日本国憲法前文を歌にしたものでした!!
    最近また聴きたくなって・・・・・・で、YOU TUBEで見つけました。
     
     
    wikipediaによると、シンガーソングライターのきたがわてつさんが作詞作曲し、歌っています。
    1983年にこの曲は発表されて、私の中学校もそうだったように、多くの学校で教材として使われているとのこと。
     
    おカタい話はまぁ置いておいて、私はこの前文に曲をつけたことが、すごいなぁって思うんです。 
    歌の歌詞って、後で曲をつけることを前提に作っているので、メロディをつけやすいと思うんですね。
    でも、この前文はそういう前提では作られていない文章。
    なのに、何箇所も似たようなフレーズを使って、見事にポップ調の曲に仕上がっていることに、当時も感動しました。
    何だかとっても明るくて、聴いていると晴れ晴れしてくるメロディ・・・・・・
    ムツカシイものでも、メロディをつけて、楽しく覚えることが出来るんだ、ってことを実感しました。
     
    ええ、先生からテープを借りて、沢山聴いて、歌えるようになりました。
    気づくと、どうでもいい時に口ずさんだりもしていてね(笑)。
    前文のうちの最初半分くらいは曲ではなくて普通に読んでいるだけなので、
    そこだけ一所懸命覚えて、後は歌で覚えました。
    先生の前で暗唱した時は、思わず歌いそうになっちゃったくらい(苦笑)。
     
    メロディの中で前文を聴いて、大変理想的なものだという印象を当時、受けました。
    ムツカシイものを楽しく聴いて、勉強できたことは大変、有意義だったと今になって思います。
    20年以上ぶりに聴いてみて、多少まだ歌えるところもありました(笑)。
    夫にも聴いてもらったのですが、大変気に入ってくれました。
     
    その後、何かムツカシイことを覚える時には、この曲に倣って(?)、
    好きな曲を使って替え歌にしちゃったこともあります。
    覚えるのは大変だったけれど、プラスなことだったと思っています^^。 
    June 10

    聖子ちゃんカット

    あれから、カナタは仲間はずれを経験した仲間と、ムリに合わせることはせず、
    より自分と気の合う友達を探して、遊ぶようになったようだ。
     
    この2週間は、随分と自分と向き合う機会になったし、心の中も多少は整理されたように思える。
    子供を見守っているようで、実は自分の生きてきた軌跡をおさらいしているみたいだ。
     
    私自身が、嫌われることを極端に恐れる理由もよく解った。
    そりゃ、解っても勿論、怖いけれど・・・・・・
     
    でも、対人関係を怖がるのだけが私の人生ではなかった、なんてことも改めて解った。
    どんなことがあったかな~と、ちょっと昔のことをあれこれ、思い出してみた。
    すると・・・・・・
     
    中学生当時、流行った“聖子ちゃんヘア”がなかなかできなくて、すごくイライラしたことを思い出した(笑)。
    髪質がストレートだったので、どんなにブローをしても、すぐにストンと髪が降りてしまうのだ。
    ストレートはストレートで、クセ毛の人から見ると憧れだったみたいだけど、
    流行に乗れない自分がすごく嫌だった。
    仕方なく、両サイドの髪をゴムで結わえていたものだった。
    ま、それはそれで、私にとってはまぁまぁ似合うスタイルだったように今は思うのだが。
     
    当時、私が好きだった男の子と、気軽に話している女の子がいた。その女の子がすごく、聖子ちゃん
    ヘアが決まっている子だったのが、あのヘアスタイルにこだわった原因だと、今になって思う(笑)。
    あの子にはすっごい嫉妬したなぁ~!
    だから、「私だって負けないわよ!」みたいに思ったのかも。
    勿論、聖子ちゃんヘアの決まり具合が、その男の子を巡っての勝敗結果になる訳はないんだけど。
    訳もないことで対抗するってのが、中学生らしくて今となっては面白い思い出。
     
    そんな、“聖子ちゃんヘア”に苦戦し続けるうちに、今度は“ワンレン”なる、まっすぐ下に伸ばす
    髪型(当時、後藤久美子なんかがこのヘアスタイルだった)が流行り始めたので、
    私の「聖子ちゃんヘア」との戦いは自然に終わった。
     
    現在はと言うと、二十歳の頃にパーマをかけたからか、今になってクセ毛になっている。
    あの頃にクセ毛だったら、聖子ちゃんヘアがもっとまとまったのになぁ~~
    あの女の子に対抗できたのになぁ~~
    なんて、思わず思う私(笑)。
    だから、そこで聖子ちゃんヘアがまとまっても、その彼を巡っての勝敗には関係しないんだってば。
     
    10代の頃は、人生に「過去」が無くて、見えるのは「現在」のみだった。
    改めて、何て色々なことを経験してきた人生だったんだろう(あ、これから先も長いんだけど)。
    「過去」が積み重なって、いろんな経験をいっぱい持っている大人という状態の自分も、悪くないなぁ・・・・・・と、
    こんな聖子ちゃんカット悪戦苦闘時代を思い出してみて、思った。 
    June 06

    仲間はずれ

    カナタが最近、経験してきて、私が心を揺さぶられてしまった出来事とは、書いてしまうと
    本当に簡潔になってしまうのだが、「仲間はずれ」だった。
     
    1年生の間は、そんなに「再刺激」を受けるようなことをカナタが言ってこなかったから、ちょっとタカを
    括ってしまっていた。
    2年生になって、子供達の情緒も発達し、同時に不安定な要素も出てきているという証拠なのだろう。
    どうしても、相手をわざと傷つけるような言動を、お互いに取ってしまうようだ。
     
    「遊んでくれない」「仲間に入れてくれない」
    たった7歳の子供が発した、こんな“些細な”一言が、大打撃になってしまうんだから!
    「大丈夫よ」「他にも遊べるお友達がいるのだから、心配ないよ」「気になるんだったら、どうして
    そんなこと言うのか、お友達に聞いてごらん」
    等々、親らしい(?)指導をして、カナタを寝かしつけた後、意図せずして涙がどわ~~~っと流れてくる。
    「あたしには友達がひとりもいない!」「あたしは仲間はずれにされた!」
    と、「過去の流夏」が大騒ぎしているんだろう。
    もちろん、カナタが経験したことは「よくある現象」で、私が経験したものとは似て非なるものである・・・
    ということは、アタマでは解っているんだけどなぁ。
     
    「心」っていう“臓器”があるわけでもないし、目で見えるものでもないから、解らなかったけど・・・・・・
    人によって、感じ方って違うものだけれど、
    私は、他人から否定されるような集中攻撃をされたことで、一生分傷ついてしまったようだ。
    だから、友達が出来ても「友達がいるから嬉しい」じゃなくてむしろ「この友達が私を裏切ったら、私は
    また孤立してしまう」という恐怖感を感じてしまうのだろうな。
     
    ムリに「私は平気!」だとか「子供と自分の過去を重ね合わせるな」と、自分に言いきかせるのは
    ちょっとやめてみよう。
    たった7歳の子供が発する一言で、2,3日気が滅入ってしまう、そんな現実から目を背けないで、
    折角だからとことんこの「滅入った状況」を味わってみることにする。
    その方が、確実にクリアできそうだから・・・・・・ 
    June 04

    幸福は”瞬間”不幸は“期間”

    カナタの学校生活が始まって2年目。学校という場所が再び身近なものになったからだと思う。
    私の脳裏に時々、休み時間を持て余して、廊下をひとりで淋しそうに歩く少女の映像が過ぎるようになった。
    それは、小学6年時の私なんだけど・・・
    育児って、自分の人生の“おさらい”みたいなところがあるんだな。
     
    クラス内での完全な孤立は、私自身が最も恐れた事態だった。
    所属していたグループの子がひとり、またひとり無視し出す様になって、
    最後の1人に声を掛けて無視された時に、「完全孤立」が成立したと思っていた。
    でも、これは「完全孤立」が成立する一歩手前の出来事だった。
     
    誰も相手にしてくれなくなったけど、せめて元いたグループの子たちの傍にいたかった。
    だから、最後まで話をしてくれたMという子の傍にいるようにしていた。
    ある日、グループで輪になっているMの10cmくらい後ろに居たことがある。
    Mは振り返って、私に気づいた時、仲間に向かってこう言った。
     
    「やだ~!どうしてこの人、私の傍にいるの?」
     
    かなり、あからさまな一言。
    これが、完全に誰とも一緒にいられなくなった瞬間だった。
     
    別に、こんなことばかりが人生、ずっと続いた訳じゃない。
    以後の学生生活には常に、友達がいた。
    でも、今私が思い出すメインの記憶は、こんな瞬間や孤立している自分・・・・・・
     
    だから中学以降、私は「仲良しがひとり、いる」という状況が不安でならなかった。
    そのひとりが自分から離れたら、一発で孤立だから。
    そして現在は、カナタが同じような目に遭っていないか、とても不安になってしまう。 
     
    最近、夫が興味深いことを言ってくれた。
    それが、「幸福は“瞬間”、不幸は“期間”」。
     
    幸福を感じるのはその瞬間だけ。その時が過ぎると「幸福だった」過去になる。
    一方、不幸は不幸な出来事が起きた“瞬間”がひとまず過去になっても、そのことが解決しない間は
    現在進行形で傷ついてしまうものだ。
     
    よって、不幸な時間の方が、記憶に強烈に鮮明に残る。
     
    私は当時、学校から帰って、その現場から離れても、孤立といじめは現在進行形で行われている感覚だった。
    その分を取り戻すために、中学以降、沢山の幸福な時間を作る努力をしてきた。
    幸福な時間作りを努力し続けて25年(笑)。一度も満たされたことは無い。
    幸福な“瞬間”はあっても、その幸福にはいつも、“賞味期限”があるように思えてきた。
    それが、「幸福は“瞬間”」ってことなんだろう。
     
     
    育児を通しての自分の過去の“おさらい”・・・・・・
    まぁ、とことんつきあうとしよう。
    May 24

    再刺激!

    「自己肯定感」の話をしていたところ、こんな出来事があった。
    最近、カナタが友達との間でひと悶着あったという。
    内容は、もう少ししたら詳しく書けると思うが、些細な共通点から私自身の暗い経験を大いに刺激する結果となった。
    こういうのを「再刺激」というのだそうだ。
     
    カナタの前では冷静にできるものの、ひとりになると涙が流れる。
    体が震えだして、けいれんが始まる。
    昔、自分自身が周りの人たちから受けた経験がまるで1,2ヶ月前くらいのことのように思い出されて、
    体に沢山、針やナイフが突き刺さるような痛みを感じる。
    そして、悔しさで気が狂ってしまいそう!
    日中、ご飯も作れないし、掃除も流しのかたつけも、億劫。
    家族には悪いのだけど、ここ数日間、日中こんな調子なので、特にカナタには「風邪をひいて調子が悪い」という
    ことで了承してもらって、ちょっと手抜きをさせてもらっている。
     
     
    カナタ本人よりも、母親の私の方がかなり、心配である。
    びっくりだなー。私はもう何があっても大丈夫なんだと思ったのに。
    自己肯定感もへったくれも、まずこの私が落ち着かなきゃいけなくなった。
    ここまで、体の方にリアルに再刺激反応が出るなんて!!
    流石に、保護者として学校に行った際に廊下を歩くくらいでは、孤立して休み時間、ひとりで時間を持て
    余していたことをリアルに思い出す、ってことはなくなったけど。
    やっぱり、経験したことって、消えないんだ・・・・・・相当、嫌な思いをしていたんだな。
    いつか、このくらい大きな再刺激は起こると覚悟はしていたけど、ここまで心身ともに、影響を受けるなんて。
     
    受けたいじめのヘビーさや、親から余り褒められず自分を肯定できなかった・・・・・・という家庭環境も
    あるかもしれないけど、私自身がもともと、他人から言われたことをダイレクトに自分に取り入れて、
    傷ついてしまうキャラクターの持ち主なのかもしれない。
    私の夫も、昔は周囲の同級生に心無いことを言われ続けた時期があるというのだ。
    でも、今になってそれが私ほどの傷にはなっていない様子。
    勿論、嫌だったし辛かったと話してくれるが、夫曰く「自分は良くも悪くも人の話をマトモには聞いていな
    いのだと思う」とのことだった。
     
     
    :*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:* 
     
     
    あんまり、母親である私がだらしないのもナンなので、実家の母に電話をして話を聞いてもらった。
    私の「人生一番辛かった時」を、良く知っている母である。
    流石は母親。思いのたけを聴いてもらったのと、「親が動じないことよ」との一言で、
    ひとまず私自身は落ち着きを取り戻した。
    調子が悪かったので、隣の義父母宅で夕食をご馳走になった。
    両方の親に、心から感謝している。
     
    また、夫が帰ってきて、カナタの話を夫を交えて聴けたのも、冷静さを取り戻すきっかけになったと思う。
    別の意見も聞けるし、もう1人冷静な大人がいることで、私自身が大きく捉えすぎないで済むようにもなる。
    カナタも自分は間違ったことしてないと言ってもらい、改めて勇気が出た様子だった。
    (written at 9:41p.m.)
     
     
    ちょっと、私の“闘い”は続きそうだ。
    May 21

    自己肯定感

    似たようなお話が続きますが・・・・・・
     「幸せ成功力を日増しに高めるEQノート」(日本実業出版社:野口 嘉則 著)というのを読み始めた。
    忙しくて中々、すぐには読み進められないのだが、早速ナルホド!と思ったものがある。それは、
     
    「ある出来事にあっても、その結果どんな気持ちになったりどんな行動をとったりするかは、人それぞれ」
    ということ。そして、
    「ある出来事を通して、私達が傷ついたり、腹を立てたり、悩んだりする本当の原因は、相手(他人)や
    状況にあるのではなく、私達自身の受け止め方・考え方にある」
    というものだった。
     
    私は、いじめに遭うような原因はなかったと今は思えるけど、ここまで傷ついた原因ならば私の中にある。
    ということになる。
    どういうことだったのか、考えてみた。
     
    私自身は、特に母親に褒められることのない子供だった。母は良くも悪くも大変謙虚で自分に良いところ
    なんか1つも無い、と思う人だった。私はそんな母の子供であるからして、母にとっては私も「駄目な子」だった。
    「お母さんと同じで流夏は・・・・・・」と始まり、「運動ができない」「運動神経ゼロ」「手先が不器用で図工が苦手」
    「算数ができない」といったことを、母によく言われてきた。で、「ま、漢字はできるんだけどね・・・・・・」と、続く。
    これじゃ、褒め言葉にならなかったかもしれない。悪気は一切無いのだが、褒める育児が良い、という情報も
    無かった時代。仕方ないと言えば仕方ない。
     
    そんな風に言われていたから、私は学校ではものすごく自信が無かった。
    何せ、運動神経ゼロだから体育もできないし、手先が不器用だから図工と家庭科もできない・・・・・・
    ということに、なってしまっている訳で。刷り込みっていうのは、スゴイ影響力だ。
    算数も赤点取るかもしれない。他の子たちが羨ましい。今で言う「自己肯定感」を持てなかった。
     
    だから、学校で同級生たちにいじめられてしまうと、「こんな私だからこんな眼に遭って当然・・・・・・」
    と、萎縮してしまった。萎縮するから、周りは面白がって増長したのかもしれない。
    これが、自己肯定感の高い子だと、同じことをされてもさほど、自分で自分自身を否定しないのだそうだ。
    よって、そんなに傷もつかない。堂々としているから、いじめもひどくはならない・・・・・・の、かもしれない。
     
    こういう生い立ちを持つ私が子育てをする立場になり、色々と人間関係複雑になる小学校に子供が上がった。
    様々なトラブルからカナタを守りたい!そう思うのは当然のこと。でも、イジワルな子と接しないように根回し
    するのではなくて、家庭でカナタを沢山褒めて、良いところはどういうところか、をお話してあげることにしている。
     
    や、勿論怒ることは出てくる。言うことを聴かない時はポーズとして怒り狂うこともあるし、ポーズも何も、
    本気で怒鳴ることもあるし・・・・・・
    でも、褒めてあげられる時には、たくさん褒めてあげよう。
    そうすれば、学校での嫌なことそのものを回避させてあげることはできないけれど、嫌な目にあった時に
    さほど、自己否定をしないで済むようにはしてあげられる。
    親の私ができることは、そういうことなんだなと思った。
    May 20

    思った以上の効果

    5月15日(金)に「もっと自分の意見に自信持って良いのかも」という記事を書いてから、大きな出来事があった。
     
    最近、カナタがご近所さんのものを壊してしまうというご迷惑をかけてしまった。
    その時、カナタに対して、ご近所さんに対して・・・・・・
    迷うことなく自分の気持ちや意見を言えている自分を確認した。
     
    いや、そんなことでも今までだったら、大変だったのよ。
    ああ言ったことは間違いだったんじゃないかとか、こうすればよかったのかもしれないとか・・・・・・
    ほんっとうに、人の心の呪縛ってすごすぎる。
    あの呪縛を普通に持っていたことも、25年近くも、常日頃呪縛にがんじがらめにされていたことも、
    全てに驚いてしまう。最も、その当時はそれが「当然」だったのだけど・・・・・・
     
    それだけじゃない。
    ご飯ひとつ、作るにしてもそうだった。
    惣菜やレトルトで手抜きをすれば「手抜き、サボリ!」という“罵声”が聞こえてくるし(幻聴)、
    しっかりと手作りをすると「こんなチマチマしたもん、作っていられない!」という怒りが込み上げてくる。
    しつこいけど(苦笑)説明をすると、
    惣菜・・・・・・の方は、“いじめをやった男子達”からの罵声の名残りで、
    手作り・・・・の方は、“仲間外れをした女子達がこぞって手作り料理を好んでいたこと”への怒り、のようだ。
    もう10年近くも私は、そんなしんどい心境でご飯を作っていたんだ・・・・・・
     
    こういう“今思うとツマラナイ1つ1つの感情”が消えてきていることに気づいている。
    思った以上にラクになっている。大きな効果だ。
    心の呪縛が解けたことを改めて嬉しく思う。